自分の実家は築100年。岐阜県に大正村というところがあるが、そこで公開している家にそっくり。
657: 本当にあった怖い名無し ::2013/09/23(月) 13:41:44.25 ID:bFTnTdQo0
中庭を囲むように、母家・渡り廊下・離れがコの字状に並んでいる。
子供の頃、なぜか、じいちゃんから
「夕方は坪の内(中庭)に行ったらあかん」
といわれていた。トイレは離れの横にあるので、生活空間の母家から夜でも真っ暗な渡り廊下を通って、トイレにいかなければならなかった。
仕方ないので、夕方だけは尿意をもよおすと、近くのコンビニへいくか、がまんしていた。
中庭は坪の内といい。手入れされた数本の木と、苔むした石のまわりに白石を敷いた枯山水。
まあ料亭みたいなんだけど、コの字の開いている所は、隣家の家の壁で全くの閉鎖空間。
昼でも薄暗く、自分はあんまり好きじゃなかった。
じいちゃんが入院して、ベットの横で一人でいる時、いろいろ話をした。
「おまえは長男だから〇〇家を頼むぞ」
とか、入会地のこととか、水利権のこととか小学生には意味不明だが、大事なことだと思って、うなずきながら聞いた。
たぶんじいちゃんは、薬で少しおかしくなっていたと思う。
そのときに、「坪の内のユウレイ見たか?」と聞かれた。
「見てないよ?庭にユウレイ出るの?」
と、アホな俺は目を輝かしてたずねた。
ユウレイを見たかったのだ。
「出るさ。楽器鳴らしてな」
「さみしい音鳴らしてな」
もっと聞きたかったが薬が効き始めたらしく、眠りに落ちて行った。
そのあとしばらくして、じいちゃんは病院で死に、父親はたぶん浮気していなくなり、急に貧乏になった。
夏休みが来た。
楽しい夏休みも母親は働きにいき、家で一人で過ごすことが多かった。
どこに出かけるでもなく、昼下がり時間を持てあましていた時、じいちゃんから聞いた話を思い出した。
「ユウレイを撮影してやろう」
自分が持っていた使い捨てカメラを探し出して、スタンバイした。
蚊がひどかったな。プロ野球中継の音が遠くで聞こえる。
その時、庭から音が聞こえた。はじめ小さくだんだん大きく。
薄暗くなった庭に目を凝らしてみると、石を積んだ月山とサンショウの木の間に、真っ赤にむけた皮のない上半身のニンゲンらしき姿を見た。
男か女か……ズボンをはいている。
どっしり地面に大の字で足をおろし自分の方を見ずに、ななめ下を向いてる。
さびしそうな曲を吹いている。口元にはハーモニカ。
でも音は違うところから出ているように聞こえた。
結構な時間が過ぎたと思うが、自分は固まったまま動けなかった。
曲が終わり、カメラを見て取り、視線を戻すとそれはいなかった。
その日は、母親が帰ってくるまで怖くてコンビニで過ごした。
暗くなって母親が帰ってきた。怖くて、現実か確かめたくて……
そして、なだめてほしかったのに
「あんた男やからな。男だけにみえるん」
と拍子ぬけな回答だった。
「悪させんから、夕方はいかんとき」
寂しくて、なんか孤独を感じた。
中学生になり、四時半だから大丈夫かなとトイレに行くと、またハーモニカのやつはいた。それの弾く曲が
という曲だということは、そのころはわかっていた。
何度か見るようになって、もう、あんまり怖くなくなっていた。
自分の部屋は庭がよく見える離れになっていて、ときどき夕方なんとなく庭をみるとハーモニカの調べが鳴り、あいつが出現する。
写真を撮ったけど、黄色っぽくセピア色になり、あいつは映らない。
高校生になり、夏休み、友だちと夕方までゲームをしていた。
「こいつなら見せてもいいか」と思った。「秘密を共有したい」と思った。
庭を見て、そいつにも見せると、そいつは畳にもらしやがった。スーパーファミコンのポピュラスの心臓の鼓動BGMにしてたっぷりと。
夏休みが終わり学校に行くと、みんながニヤニヤ笑って俺のことを「お化け屋敷」とか「ヘルイレザー」と呼ぶようになっていた。
「ヘルイレザー」という映画に赤むけの怪物が出てくるらしい。
今思い出してググったがよく似ていた。
自分は「人を簡単に信用したらあかん」ということを学習した。
そいつが漏らしたことをしゃべって、さらに孤立した。
大学に入り就職したが、実家にはほとんど近寄らず、連絡もしなかった。
親族の会議があって実家に帰った。
どうやら母親は家を親戚に売るらしい。
びっくりするほど安かったが、別にどうでもいいと思った。
親族が引きあげて、缶コーヒーを飲みながら庭を見る。
ハーモニカのやつが現れた。
明け放した座敷にいる母親は、近くにいるのに音も聞こえないのか、湯呑みを片付けている。
実害がないと言ったが、こいつをみると自分は人が嫌いになり、孤独になる。
まあ、自分のせいでもあるかもしれないが、こいつの呪いでもあるかもしれないと思いながら、その日は、最後まで聞いてやった。
(了)