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坪の内ハモニカ綺談#609-0120

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自分の実家は築100年。岐阜県に大正村というところがあるが、そこで公開している家にそっくり。

657: 本当にあった怖い名無し ::2013/09/23(月) 13:41:44.25 ID:bFTnTdQo0

中庭を囲むように、母家・渡り廊下・離れがコの字状に並んでいる。

子供の頃、なぜか、じいちゃんから

「夕方は坪の内(中庭)に行ったらあかん」

といわれていた。トイレは離れの横にあるので、生活空間の母家から夜でも真っ暗な渡り廊下を通って、トイレにいかなければならなかった。

仕方ないので、夕方だけは尿意をもよおすと、近くのコンビニへいくか、がまんしていた。

中庭は坪の内といい。手入れされた数本の木と、苔むした石のまわりに白石を敷いた枯山水。

まあ料亭みたいなんだけど、コの字の開いている所は、隣家の家の壁で全くの閉鎖空間。

昼でも薄暗く、自分はあんまり好きじゃなかった。

じいちゃんが入院して、ベットの横で一人でいる時、いろいろ話をした。

「おまえは長男だから〇〇家を頼むぞ」

とか、入会地のこととか、水利権のこととか小学生には意味不明だが、大事なことだと思って、うなずきながら聞いた。

たぶんじいちゃんは、薬で少しおかしくなっていたと思う。

そのときに、「坪の内のユウレイ見たか?」と聞かれた。

「見てないよ?庭にユウレイ出るの?」

と、アホな俺は目を輝かしてたずねた。

ユウレイを見たかったのだ。

「出るさ。楽器鳴らしてな」

「さみしい音鳴らしてな」

もっと聞きたかったが薬が効き始めたらしく、眠りに落ちて行った。

そのあとしばらくして、じいちゃんは病院で死に、父親はたぶん浮気していなくなり、急に貧乏になった。

夏休みが来た。

楽しい夏休みも母親は働きにいき、家で一人で過ごすことが多かった。

どこに出かけるでもなく、昼下がり時間を持てあましていた時、じいちゃんから聞いた話を思い出した。

「ユウレイを撮影してやろう」

自分が持っていた使い捨てカメラを探し出して、スタンバイした。

蚊がひどかったな。プロ野球中継の音が遠くで聞こえる。

その時、庭から音が聞こえた。はじめ小さくだんだん大きく。

薄暗くなった庭に目を凝らしてみると、石を積んだ月山とサンショウの木の間に、真っ赤にむけた皮のない上半身のニンゲンらしき姿を見た。

男か女か……ズボンをはいている。

どっしり地面に大の字で足をおろし自分の方を見ずに、ななめ下を向いてる。

さびしそうな曲を吹いている。口元にはハーモニカ。

でも音は違うところから出ているように聞こえた。

結構な時間が過ぎたと思うが、自分は固まったまま動けなかった。

曲が終わり、カメラを見て取り、視線を戻すとそれはいなかった。

その日は、母親が帰ってくるまで怖くてコンビニで過ごした。

暗くなって母親が帰ってきた。怖くて、現実か確かめたくて……

そして、なだめてほしかったのに

「あんた男やからな。男だけにみえるん」

と拍子ぬけな回答だった。

「悪させんから、夕方はいかんとき」

寂しくて、なんか孤独を感じた。

中学生になり、四時半だから大丈夫かなとトイレに行くと、またハーモニカのやつはいた。それの弾く曲が

遠き山に日は落ちて……

という曲だということは、そのころはわかっていた。

何度か見るようになって、もう、あんまり怖くなくなっていた。

自分の部屋は庭がよく見える離れになっていて、ときどき夕方なんとなく庭をみるとハーモニカの調べが鳴り、あいつが出現する。

写真を撮ったけど、黄色っぽくセピア色になり、あいつは映らない。

高校生になり、夏休み、友だちと夕方までゲームをしていた。

「こいつなら見せてもいいか」と思った。「秘密を共有したい」と思った。

庭を見て、そいつにも見せると、そいつは畳にもらしやがった。スーパーファミコンのポピュラスの心臓の鼓動BGMにしてたっぷりと。

夏休みが終わり学校に行くと、みんながニヤニヤ笑って俺のことを「お化け屋敷」とか「ヘルイレザー」と呼ぶようになっていた。

「ヘルイレザー」という映画に赤むけの怪物が出てくるらしい。

今思い出してググったがよく似ていた。

自分は「人を簡単に信用したらあかん」ということを学習した。

そいつが漏らしたことをしゃべって、さらに孤立した。

大学に入り就職したが、実家にはほとんど近寄らず、連絡もしなかった。

親族の会議があって実家に帰った。

どうやら母親は家を親戚に売るらしい。

びっくりするほど安かったが、別にどうでもいいと思った。

親族が引きあげて、缶コーヒーを飲みながら庭を見る。

ハーモニカのやつが現れた。

明け放した座敷にいる母親は、近くにいるのに音も聞こえないのか、湯呑みを片付けている。

実害がないと言ったが、こいつをみると自分は人が嫌いになり、孤独になる。

まあ、自分のせいでもあるかもしれないが、こいつの呪いでもあるかもしれないと思いながら、その日は、最後まで聞いてやった。

(了)

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