短編 山にまつわる怖い話

風穴(ふうけつ)【ゆっくり朗読】2200

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じいちゃんの体験談だ。

便宜上じいちゃんの名前を太郎としておく。読みやすさのために伝聞の語尾は省略して書く。

太郎は田舎育ちで、三十分から一時間ほど山道を歩いて小学校に通っていた。

で、すごく頻繁に祖母(つまり俺の曾々ばあちゃん)に

「山で誰かに会っても絶対についていっちゃ駄目だ。知り合いでも駄目だ。寄り道はしてもいいが、ひとりで自分の知らない場所に行くな」

と言われていた。

とはいっても山道で人と会うことなんかないし、太郎はばあさんが心配性なだけだと考えていた。

だが、ある日の帰り道、太郎は山道で見知らぬ女と会った。

女はおよそ十代中頃。山を歩くには不向きな和装姿だった。

太郎がその女の顔に既視感を覚えている間に、女は側に寄ってきた。

「一緒に遊ばない?すごく景色のいい秘密の場所があるから教えてあげる。桃の木もあって、今の時期はおいしい実がなっているよ」

太郎は断ったが、一緒に下校していた幼なじみは女の口車に乗ってしまった。

引き止める太郎を臆病者呼ばわりして、幼なじみは女についていった。

そして二度と帰ってこなかった。

太郎は直感的に女が人間でないと気づいていた。

にも関わらず、臆病者と呼ばれたことに腹を立てて幼なじみを見捨ててしまった。

罪悪感に耐えられない太郎は、自宅の神棚で神様に懺悔していた。

ふと神棚の隅に目をやったとき、太郎は「それ」を見つけてしまった。

それは小さな遺影だった。

もちろん時代が時代だから写真ではなく似顔絵だ。

その遺影には、山で会った女の姿が描かれていた。

遺影の裏には「山田花子」と書かれていた。山田というのは太郎の名字だ。

太郎は遺影を携えて、女について祖父(俺の曾々じいさん)に尋ねた。

すると祖父はこのようなことを語った。

花子は祖父の姉だ。

昔祖父の兄(長男)が立ち入りを禁止されていた風穴に入ったとき、兄を助ける代わりに「神様に取られた」。

太郎の祖父の住んでいた地域では、障害のある女の子が生まれると、十五歳まで育ててから神様の妻として捧げていた。

祖父の兄が入った風穴はその儀式に使われていた場所だ。

神様に捧げるといっても、実際は穴の中で飼っている犬に娘を食い殺させ、断種をしていただけだった。

花子も祖父もすでに薄々とそれを知っている歳だった。

花子は「絶対に兄を助ける。長男は死んではいけない。だからおまえはここで兄ちゃんを待て」と言って穴に入った。

しばらくして、何ヶ所も噛まれた兄が穴から出てきた。

兄は花子のことなど省みず、祖父を引きずるように家に帰った。

帰宅後、祖父が家族に事の顛末を話し、村中総出で花子を探すことになった。

花子が風穴に入ったことは確かだった。

だが、犬の世話係が風穴の中を調べても、花子の痕跡は見つからない。

衣服の切れ端すらなかったし、人間を食らったあとの血の匂いもなかった。

それどころか、飼われていた犬がすべて死んでいた。

花子は忽然と姿を消してしまったのだ。

この事件によって、風穴で行われていたことが儀式でもなんでもなかったことが完全に明るみに出て、悪習はなくなった。

そして、妹である花子を見捨てた兄は嫡男から外されて養子に出され、祖父が跡取りとなった。

だがそれは何十年も前の話だ。

花子が生き延びていたとしても、当時とそっくり同じ姿で太郎の前に現れるはずがない。

その後太郎が女に会うことは二度となかったが、幼なじみが帰ってくることもなかった。

じいちゃん(太郎)は、兄と一緒に自分を見捨てた弟に花子が復讐しようとしたのではないかと言っている。

そして、今度は自分が見捨てた幼なじみが孫たちをさらいに来るのではないかと。

幸い俺はもう心配ないだろうが、一番下のいとこが今五歳なんだ。大丈夫だろうか……

519 :2008/03/20(木) 01:22:39 ID:X1rdsLFNO

(了)

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