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はじめて不思議なことが起きたのは、あの神社を訪れた日からだった。

ここに書くような話ができる人間ではない。
霊感もなければ、不思議な力も信じていなかった。
でも、自分の身に降りかかったあの空気の歪みだけは、どうにも説明のしようがない。

身内に立て続けに不幸が起きたのが、ちょうど一年前の春だった。
祖父が倒れてから四十九日も経たないうちに、祖母が静かに息を引き取った。
それだけなら寿命だったと納得もできたのだけれど、問題はそのあと。
遠縁のおじが、事故でも病気でもない、つまり理由のわからない形で死んだ。

夜中、近所の畑の真ん中で、顔を上に向けて仰向けに倒れていたという。
その死に様を聞いた時、首の後ろがひどく冷たくなった。
本人にはなんの苦しみもなかったらしい。
けれど、まるで何かを見上げて、そのまま動かなくなったようだったという。

その話を聞いてから、なんとなく家の中に影が差したような気がしていた。
明かりを点けても薄暗く、よく見れば、仏壇の花がすぐに萎れる。
窓に映る自分の顔が、まるで別人のように見えることが何度もあった。
不安を打ち消すために仕事に打ち込んだけれど、それが逆効果だったのかもしれない。
昼も夜もなく働いていたある日、ふと屋上の縁に立っている自分の姿を想像してしまった。
自分で自分が怖くなった。

これは、何かが――私の中か外か、それとももっと別の場所で、何かがおかしくなっているのだと。
そう感じたとき、思いついたのが「厄払い」だった。

近所の氏神様でもよかったのかもしれない。
けれど、検索しているうちに偶然目に入った、「狼神社」の名前に吸い寄せられるようになった。
昔読んだ民話の中で、狼が村を守る神の使いとして崇められていた記憶が蘇った。
山の奥にひっそりと建つその神社は、町の中心からは離れていたけれど、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、導かれているような安心感があった。

週末、仕事を休んで、朝一番の電車で向かう予定だった。
だが、寝坊した。

走って駅へ向かったけれど、無人駅で電車がすでに行ったあとだった。
乗り継ぎのバスは一時間に一本。
ホームのベンチに腰掛けて、汗が引いていくのを感じながら、ぼんやりと空を見上げていた。
そのときだった。

「すみません、今何時ですかねぇ」

細い声に振り返ると、背の曲がった小柄なお婆さんが立っていた。
襟元をきっちり留めたセーターが季節外れに見えた。
時計を見て、「八時十分です」と答えると、お婆さんはあからさまに残念そうな顔をした。

「じゃあもう、行ってしまったわ……」

その声に、なぜだか私は惹かれるように声をかけた。

「もしかして、狼神社に行かれるんですか?」

すると、目を細めて笑いながら、頷いた。
「あなたも? それはまあ、嬉しいわぁ」

それからの一時間、ベンチの上でふたり缶コーヒーを飲みながら話した。
お婆さんはずっと笑っていて、言葉の端々がどこか懐かしくて、気づけば肩の力が抜けていた。

やってきたバスに揺られて、山奥へ。
細い道をくねくねと登りながら、車内は静まり返っていた。
鳥の鳴き声だけが窓の外から聞こえてきて、眠ってしまいそうだった。

神社は、本当に小さな社だった。
けれど、木々に囲まれたその空間だけが、空気の層を変えていた。
冷たくて、どこか柔らかく、まるで毛布の中に包まれているようだった。
それが「神域」というものなのかは知らないけれど、足を踏み入れた瞬間に泣きそうになった。

お婆さんに教えてもらいながら、見よう見まねで参拝を済ませた。
柏手の音が山に吸い込まれていくような静けさだった。

帰りのバスを待つ間、今度はお婆さんが甘酒をおごってくれた。
飲みながら、名前も住まいも聞かずに別れた。
不思議なほど、それで充分だと感じた。

その夜、持ち帰った厄除けのお札をどこに祀るか迷った末、本棚の上に場所を作った。
白い半紙がいるとか、榊の代わりに何を置くかとか、ネットを見ながら慌ただしく準備していた。
ふと、部屋を出て、また戻ってきたときだった。

……においがした。

獣のにおい。
濡れた毛のような、土と皮の混ざったような匂いだった。
一瞬、昔飼っていた犬のにおいを思い出した。
あの子はもう、十年以上前に死んでいる。

鼻をくすぐるそのにおいは、すぐに消えた。
翌朝、もう何も残っていなかった。
布団にも、カーテンにも、空気にも。

それからしばらく、不思議なことは起きていない。
不況で仕事は不安定だけれど、以前のように心が沈むことはなくなった。
先日、また遠縁の訃報が届いた。
でも、それはどこか遠くの出来事のように思えた。
私は元気だった。
自分でも驚くくらい、健やかだった。

お札の前に立ち、静かに頭を下げると、あの時のにおいが一瞬だけ蘇ることがある。
あれは、もしかしたら――

私の様子を見に来てくれたのだと、思っている。
狼の神さまが、においだけを残して。
姿を見せず、ただ、そこにいたという気配だけを。

それでいいのだと思う。
それが、私の思っていたよりずっと優しく、温かなものだったから。

[出典:303 :怖くはないのですが(1/2):2009/06/26(金) 23:19:18 ID:FIXalDaa0]

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