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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026 オリジナル作品

🚨真ん中だけ、書かない nc+

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北国の漁港だった。

観光地としての役割はとうに終わり、錆びたクレーンと廃業した缶詰工場の煙突だけが、防波堤の向こうに突き出している。集落の奥、坂を登りきった先に、小さな診療所があった。週に三日だけ開く。待合室の椅子は四脚。駐車場は三台分。

そこに、看護助手として一人の女性が勤めていた。三十代半ば。地元の出ではない。以前は都市部の総合病院にいたらしいが、詳しい経歴は語らなかった。仕事は正確で、診察の流れを乱すこともない。ただ、患者との雑談に加わらず、昼休みも一人で過ごし、地域の集まりにも顔を出さなかった。拒絶しているわけではない。最初から、輪の外に立つことを選んでいるような人間だった。

異変に最初に気づいたのは、診療所の医師だった。
診察の合間、女性が窓際に立ち、外を見下ろす時間が増えた。視線の先にあるのは駐車場だ。白線で区切られた三つの区画。砂利が敷かれているだけの、どこにでもある空間だった。

声をかけると、女性は軽く会釈し、話題を変えた。ただ一度だけ、窓の外を指して言ったことがある。
「あの車、いつからあそこに停まっていましたか」
医師が確認すると、駐車場は空だった。

数日後から、女性はメモを取り始めた。
どの車が何時に来て、何時に出ていったか。車種、色、ナンバーの下二桁。運転していた人物の特徴。診療の合間に、几帳面な文字で書き込んでいく。

ある日、女性は一枚の紙を医師に見せた。
簡単な駐車場の見取り図だった。三つの区画のうち、真ん中だけが赤いペンで塗り潰されている。
「ここに停まる車は、記録しません」
理由を尋ねても、女性は首を横に振った。

受付の事務員が異変に気づいたのは、その少し後だ。
女性のメモの中に、存在しないはずの車があった。黒い軽トラック。後部座席に毛布が積まれている、とある。だが、その日時、診療所に軽トラックは来ていない。事務員は確信をもってそう言った。

女性は否定しなかった。
「じゃあ、あなたには見えていなかったんですね」
それだけ言って、続きを書き込んだ。

その頃から、女性の行動は明らかに変わった。
診察の合間に外へ出て、真ん中の区画を一周する。砂利の上に膝をつき、地面を撫でるように確かめる。戻ってくると、手のひらには細かい擦り傷が増えていた。

医師が問い詰めると、ようやく女性は語った。
真ん中の区画には、毎晩同じ車が停まる。古い商用バン。窓は曇り、中は見えない。荷室には何かが詰め込まれている。数は多く、ぎっしりと隙間なく。夜明け前になると消える。誰も乗り降りせず、エンジン音もしない。ただ、そこにある。

医師は休暇を勧めた。女性は断った。
あれは幻覚でも記憶違いでもない。誰かが見ていなければ、あの車は存在しなかったことになる。だから記録を続けなければならないのだと、淡々と言った。

その夜、女性は診療所に泊まり込んだ。
待合室の椅子を並べ、窓際に簡易ベッドを作った。医師には告げていない。

深夜、駐車場に影が差した。
ヘッドライトは点いていない。月明かりに浮かび上がる車体は薄汚れ、後部ドアには錆が滲んでいた。音もなく、真ん中の区画に滑り込む。

女性は立ち上がり、窓に手をかけた。
その瞬間、診療所の裏手から金属が擦れるような低い音が聞こえた。規則的で、次第に言葉のような抑揚を帯びる。意味は分からない。ただ、呼びかけだということだけが分かった。

駐車場を見ると、バンの荷室ドアがわずかに開いていた。
隙間から、布のようなものが覗いている。だが、それはゆっくりと動いていた。内側から外へ、押し出されるように。

女性は窓を閉め、鍵をかけ、カーテンを引いた。
椅子に座り直し、メモ帳を開く。そして一行だけ書いた。

「この車を、記録してはいけない」

翌朝、医師が出勤すると、女性は待合室で眠っていた。メモ帳は床に落ち、最後のページだけが破り取られていた。

女性はその日のうちに退職を申し出た。理由は語らなかった。
彼女が去った後、医師は何度も駐車場を見下ろした。真ん中の区画だけ、どうしても視線が止まる。

数日後、駐車場の工事記録を確認した医師は、違和感を覚えた。
図面には、最初から二区画しか描かれていなかった。修正痕はない。申請書類も同じだった。

現場を確かめると、確かにコンクリートは二台分しか打設されていない。だが医師は知っている。ここには三台分あった。白線も、砂利も。

工事の際、作業員が妙なことを言っていた。
掘り返した地面から、布の切れ端が何枚も出てきたという。古い毛布のような、湿った匂いのする布。数えようとしたが、途中で分からなくなった。どこまでが一枚で、どこからが別の布なのか、境界が曖昧だった。

医師はその話を聞きながら、書類の図面を見ていた。
そこには、二区画しかなかった。

夜になると、医師は無意識に三台目の車を待っている自分に気づく。
存在しないはずの区画。記録に残らなかった場所。

コンクリートの下で、何かが静かに呼吸している気がする。

(了)

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