私のクラスメイトには、座敷わらしがいた。
誰にも見えなかったが、いなかったとは言い切れない。
小学校四年生の頃の話だ。
私の通っていた学校は、山に囲まれた小さな町にある小学校で、一学年は六十人あまり、クラスは二つしかなかった。クラス替えといっても顔ぶれはほとんど変わらず、誰がどこにいるかは自然と把握できていた。
異変が目立ち始めたのは、夏休みが明けてしばらくしてからだ。
席替えのくじを引くと、必ず一枚余った。係決めでも人数が合わず、最後に慌てて組み直すことが続いた。給食ではデザートが一つ残り、食器が余る日もあった。算数や漢字のプリントは、配り終えたあとに必ず一枚机の上に残った。
不思議なのは、それが一度や二度ではなかったことだ。担任だけでなく、給食室や他の先生まで含めて、誰も事前には間違いに気づかない。配り終えてから、初めて数が合わないことに気づく。
ある日、男子の一人がぽつりと言った。
「一人、いるんじゃないか」
誰かが、冗談めかして別の名前を口にしかけ、途中でやめた。その沈黙のあとで、別の子が言った。
「座敷わらしだよ」
理由はなかった。ただ、その言葉は教室に落ちて、そのまま転がらずに収まった。
誰かが名簿の空白に名前を書いた。座敷わらし。
空き教室から机と椅子が運ばれ、物置同然だったロッカーが一つ整理された。
余った給食はそこに置かれ、余ったプリントはしまわれた。係も割り振られ、席替えのたびに、その机も動かされた。
いつの間にか、余るという現象は「誰のものか分からないもの」ではなく、「座敷さんの分」になっていた。
誰一人として、忘れなかった。
誰一人として、確かめようともしなかった。
先生たちは気づいていたはずだが、気づいていないふりをしているようにも見えた。注意されることはなく、しかし完全に黙認されているとも言い切れない、曖昧なまま時間が過ぎていった。
私たちは卒業するまで、そのまま過ごした。
余る現象は最後まで消えなかった。
卒業アルバムを開くと、最初のページにクラス全員の集合写真がある。
写っているのは三十一人だ。
それなのに、後列の中央だけが、きれいに一人分空いている。誰かが指示したわけでも、編集で消されたわけでもない。ただ、最初からそこを避けるように、私たちは並んでいた。
その空白を見るたびに思う。
見えなかっただけで、いなかったとは言えない存在が、確かに同じ時間を過ごしていたのだと。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「ほしな ◆YZpuwgGc」 2019/02/08]