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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

外側に貼られた札 nw+

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あの日のことを思い返すと、胸の奥に重たい沈殿物のような感覚が残る。

十四年前、多摩川の河原で見つけた穴に、私は自分の意思で入り込んだ。

親戚の葬式だった。同年代はおらず、読経と湿った線香の匂いに飽きて、私は会場を抜け出した。春先の空気は冷えきらず、生ぬるい雲が空を塞いでいた。喪服の裾に砂利を絡ませながら川べりを歩いていると、斜面の中腹に不自然な黒みがあるのが目に入った。

草に覆われたその窪みは、人がかがめば入れるほどの大きさだった。巣穴にしては整いすぎ、崩れた土穴にしては縁が滑らかだった。しゃがんで覗くと、奥が闇ではなく、わずかに白んでいる。光があるはずのない深さなのに、確かに薄い明度があった。

嫌な予感はあった。だが、それ以上に「確かめたい」という衝動が勝った。引き返す理由を探すより先に、私は穴の中へ身体を滑り込ませていた。

内部は斜めに下っていた。背中に草が擦れ、湿った土の匂いが濃くなる。数メートル進んだところで、指先が木に触れた。暗闇の奥に続くと思っていた穴は、粗い板壁で唐突に塞がれていた。

合わせ目の隙間から、風が流れてくる。その向こうに、よりはっきりとした光がある。板は外側から打ち付けられている形だった。塞いでいるというより、押さえつけている印象だった。

理屈ではなく、身体が動いた。隙間に指をねじ込み、板を押す。軋む音がして、わずかに開いた。私はその隙間から身をねじ込み、向こう側へ転がり出た。

森だった。

湿気を含んだ土の匂い。目の前には崩れかけた社があり、私はその縁の下から這い出していた。振り返った瞬間、喉が凍りついた。

さきほど押し開けた板の外側一面に、無数の札が貼られていた。色褪せ、端が剥がれかけたものも多いが、どれも墨で何かが書かれている。重ねるように、何層にも。封じるという意図だけが露骨に伝わる貼り方だった。

視界が歪み、呼吸が乱れた。触れてはいけない側から出てきてしまったという感覚だけが、はっきりしていた。

私は山を駆け下りた。枝に腕を裂かれ、足を滑らせながらも、とにかく舗装道路を目指した。やがて交番に飛び込み、何をどう説明したのかも覚えていない。ただ、板と札と社のことを繰り返し口にしていたはずだ。

不可解だったのは、警官たちの対応だった。事情を詳しく聞くこともなく、私の名前と住所を確認し、淡々と両親へ連絡した。取り乱している子どもをあしらうというより、手順を消化している様子だった。

落ち着いた頃、「あそこは何なんですか」と尋ねたが、返ってきたのは「わからん」の一言だけだった。視線は揃っていた。揃いすぎていた。

迎えに来た両親も、同じように説明を受け、深く追及しなかった。あの日、誰もあの場所を探しに行こうとは言わなかった。

後日、地図を見ながら自分なりに歩き回ったが、社は見つからなかった。龍王峡のほうへ抜けた記憶はあるのに、穴のあった斜面だけが特定できない。河原は毎年形を変える。そう説明すれば済む話だ。だが、板壁の感触と、あの札の重なりだけは、曖昧にならない。

十四年経った今も、夢に見る。再び板を押し開ける。だが次は森ではなく、水音の響く暗い川底へ落ちる。沈みながら見上げると、水面に穴の入り口が揺れている。貼り付けられていた札が一枚ずつ剥がれ、水中に漂っていく。

目覚めても、胸の圧迫感はしばらく消えない。

封じられていたのは、向こう側か、それともこちら側か。あの板は、侵入を防ぐためだったのか、流出を止めるためだったのか。

今でも河原を歩くと、斜面の黒ずみが視界の端に引っかかることがある。近づけばただの影だ。だが、足が止まる。あの日と同じ衝動が、まだ消えていないことを知っているからだ。

あれは通路ではなかった。

こちらと向こうの区別を曖昧にするための、境界の傷口だった。

[出典:935 :あなたのうしろに名無しさんが……:03/03/21 17:43]

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