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五年しか生きていない rw+4,012-0220

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私は三十一歳の女だ。

一番古い記憶は、小学校高学年の頃、階段の下で泣いている場面だ。母が怒鳴り、殴り、蹴り、「金を返せ」と叫んでいた。私は何をしたのか分からなかった。ただ、万単位の金が消えていると言われた。盗んだ記憶はない。使った記憶もない。あるのは、母の顔だけだ。

次に目を覚ましたとき、私は中学の生徒会長だった。教室の隅で漫画を描いているはずの私が、全校生徒の前で演説をしたらしい。拍手を浴び、票を集め、当選したという。覚えていない。

次に目を覚ましたとき、三か月間の不登校の後だった。担任に理由を問われたが、答えられなかった。

次に目を覚ましたとき、高校生になっていた。推薦で入学していた。授業についていけず、一年の冬に退学していた。

次に目を覚ましたとき、十七歳でスナックにいた。寮付き、日給五千円。父の知り合いの店らしい。酒の味を知った。

十九歳で目を覚ますと、KDDIの本社の表彰台に立っていた。派遣社員として、契約件数三百パーセント超。賞状と金一封を受け取っていた。イケメンの同棲相手がいて、私はバンドのボーカルをしていた。人前が苦手なはずの私が。怖くなって、逃げた。

二十歳で目を覚ますと、浜松のワンルームにいた。大阪から来た女の子と暮らしていた。彼女は働かず、私は養っていた。深夜、迎えに来た男に連れられて出ていくとき、彼女は言った。

「暴力も振るわれず、身体も触られない時間があったこと、忘れないよ」

二十三歳で目を覚ますと、台東区のオートロックマンションに住んでいた。体重は減り、二重になり、顔のほくろが消えていた。吉原の高級店で働いていた。家賃は九万円だった。

二十五歳で目を覚ますと、銀座のクラブにいた。着物とドレスが並び、「ママ」から英語と中国語での接客を念押しされた。私はどちらも話せない。体重は三十四キロだった。

二十六歳で目を覚ますと、原宿で奇抜な服を着ていた。修学旅行生に写真を撮られていた。退職した。

二十八歳で目を覚ますと、岐阜で女と暮らしていた。手を繋ぎ、苗字が変わっていた。恋人だった。名古屋に引っ越し、二人で生活を整えた。幸せだった。

次に目を覚ましたとき、彼女は首を吊っていた。救急車を呼んだ。遺書には「幸せの絶頂で死にたかった」とあった。

次に目を覚ましたとき、私は入院していた。医師と母が説明した。私は解離性同一性障害だという。いま話している私は、主人格ではないという。

退院後、地元で母と暮らし、障害者枠で働いている。一日四時間、週五日。それが今だ。

だが夜になると、冷蔵庫の中身が減っている。覚えのない検索履歴が残っている。掲示板の書き込みに、私の知らない言い回しがある。削除された履歴がある。

統括と呼ばれる存在がいるらしい。困ったときは相談する、と私は言っているらしい。だがその声を、私は聞いたことがない。

私が覚えている人生は、断片を足しても五年にも満たない。

私は主人格ではない。

いつか統合されれば、私は消える。
夜に出てくる誰かに、上書きされる。

次に目を覚ましたとき、私はここにいるのだろうか。
それとも、今こうして書いている私は、もう夜の側なのだろうか。

――もしこれを読んでいるあなたが、
「次に目を覚ましたときの記憶」を持っていないなら。

それは、私と同じだ。

[出典:239 :本当にあった怖い名無し:2019/10/24(木) 12:21:16.95 ID:eaEPxIRf0.net]

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