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同じ声で呼ばれる村 rw+12,387-0108

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石川県の深い山あいに、地図からも行政記録からも半ば消えかけた集落がある。

舗装の途切れた林道をさらに進み、沢を二度越えた先で、唐突に霧が濃くなる。その霧の中に、古い家屋が肩を寄せ合うように並んでいる。外壁は灰色に沈み、屋根から垂れたつららが、冬の夜には風もないのに小さく鳴る。

初めて足を踏み入れた者は、決まって歩調が乱れるという。苔に覆われた石畳の感触が足裏にまとわりつき、心拍だけが不自然に強調される。寒さのせいではない。視線を感じるのだ。障子の隙間、格子戸の影、どこからともなく。

村人は皆、同じ苗字を名乗る。役場の資料では偶然とされているが、実際に対面すると、その説明では足りないことがわかる。顔立ちが似ているのではない。似ているという言葉では軽すぎる。骨格の配置、眉の角度、まばたきの間隔、笑みが浮かぶまでの時間が、ほとんど一致している。幼子も老人も、同じ場所で唇がわずかに吊り上がる。その笑みは温かさを含まず、凍りついた水面のように静かだ。

すれ違うたびに、目が合う。必ず合う。避けようとしても、なぜか遅れる。視線が絡んだ瞬間、胸を内側から掴まれたような感覚が走り、呼吸が一拍遅れる。村人は何も言わない。ただ、同じ表情で通り過ぎる。その背中を見送ったあと、なぜか自分の名前を忘れかけていることに気づく者もいる。

夜になると、集落の中心にある古井戸のあたりから声が上がる。笑い声とすすり泣きが、重なり合っている。どちらか一方ではない。旋律は一様で、調子も音程も崩れない。子供の声にも老人の声にも聞こえるが、区別がつかない。まるで、誰かが声という要素だけを抜き出して、同じ型に流し込んだかのようだ。音は広がるのに、距離感が失われている。近づいているのか、遠ざかっているのか、判断できない。

井戸の中を覗いた者はいない。正確には、覗いたと語れる者がいない。翌朝になると、井戸の縁に湿った足跡だけが増えている。

この集落では、血縁の婚姻が長く続いている。外から来た者は入らず、出て行った者もほとんど記録に残らない。元住人とされる人物の証言が一件だけ残っているが、年齢も性別も一致しない。内容も断片的だ。

「昔、村が飢えた」と、その人物は語っている。作物が実らず、人が減り、家が空いた夜が続いた。そこで、ひとりの女が選ばれたという。なぜその女だったのかは語られない。ただ、花嫁と呼ばれるようになった。

花嫁の夜は、決まっていた。灯りを落とし、戸を閉める。男たちは順を待たない。待つという概念がなかったと、その人物は言う。影が重なり、呼吸が混ざり、誰の声か分からなくなる。翌朝、花嫁は何事もなかったように座っていた。

それが何年続いたのか、何代続いたのか、誰も数えていない。数える必要がなかったからだ。村は途切れなかった。人は増え、減らず、老いも病も目立たなくなった。ただ、夜ごとに夢を見るようになった。夢の中で、同じ声が呼ぶ。名前を呼ばれることもあれば、呼びかけだけのこともある。内容は覚えていないのに、起きたあと、胸の奥に重さだけが残る。

集落の外れに、使われなくなった婚礼の間がある。戸は閉ざされているが、鍵はない。中に入った者の話がひとつだけ伝わっている。床一面に積み重ねられた婚礼衣裳。新しいものも古いものも区別がつかないほど、同じ色に褪せている。その布の隙間から、小さな手形が無数に浮かび上がっていたという。擦っても落ちず、重ねても消えない。

襖の向こうから、低い呻き声が漏れていた。開けるつもりはなかったが、指が勝手に動いたと語られている。音もなく開いた隙間から見えたのは、顔だった。ひとつではない。糸のように長い黒髪の奥に、いくつもの顔が重なっている。年齢も性別も判別できない。ただ、どれも同じ目をしていた。

そのとき、声がしたという。低く、はっきりと。

「花嫁は、いまだここを出ていない」

それだけだった。問いかけでも、説明でもない。事実の確認のようだった。

集落を離れたあと、その人物は村の名を思い出せなくなった。地図を開いても、そこだけが白く抜けている。けれど、夜になると、井戸の声を夢で聞く。旋律は一様で、懐かしいとも恐ろしいとも感じない。ただ、自分もいつかその調子を正確に再現できる気がして、眠れなくなる。

⇒ 関連話:村の九割が《いとこ結婚》血族結婚・調査報告書

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