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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

腹を数える声 nc+

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勝手口には、何かがいる。

祖母はそう言い切っていた。幽霊とか妖怪とか、そういう言葉は使わなかった。ただ、いる、と。

祖母が若い頃、まだこの家に土間と勝手口しかなかった時代の話だという。朝からあずきを煮ていると、火のはぜる音に紛れて、勝手口の向こうから声がした。

「あずき一粒、砂ひとつ。あずき十粒、石ひとつ。あずき百粒、銀ひとつ。あずき千粒、金ひとつ」

子供の声だったらしい。泣き声でもなく、怒った様子でもない。ただ、腹を空かせたような、淡々とした調子だったという。

「やらんやらん。あっち行き」

祖母はそう返した。すると、少し間を置いて声が言い直した。

「あずき八十、銀ひとつ」

祖母は鍋をかき混ぜながら言った。

「やらんったらやらんち。こんあずきは神さんにあげる大事なあずきだで、やるわけにゃいかん」

「くれんか?」

「やらん」

それきり、声は消えた。祖母は勝手口を開けなかった。開ける気にもならなかったと言う。開けたら、いけない気がしたのだと。

別の日、今度は芋をふかしていたときも同じだった。

「芋ひとかけ、石ひとかけ。芋半分、銀ひとかけ。芋ひとつ、金ひとかけ」

「やらんやらん」

祖母は声を荒げた。

「芋半分、銀ひとつ。芋ひとつ、金ひとつ」

「やらんっち言うとるで!」

そう一喝すると、声はぴたりと止まった。勝手口の向こうに、誰かが立っている気配だけが、しばらく残っていたという。

母は、そういう話を、昔話をするような調子で私に語った。

「うちの勝手口にはね、腹を空かせたものがいたんよ」

料理をしていると、よくねだられたのだと祖母は言っていたらしい。祖母の母、つまり私の曾祖母の代から、もうそこにいたのだとも。

「ひいばあちゃんね、一回だけ取引したことがあるんだって」

母は少し声を落とした。

その日、曾祖母は身ごもっていた。祖母の弟か妹か、まだ分からない頃だ。勝手口の向こうから、いつもの声とは少し違う調子で、こう言われたという。

「お腹のひとつ、金一山」

曾祖母はしばらく返事をしなかった。台所に立ったまま、腹に手を当てて、黙っていたらしい。どんな顔をしていたのか、誰も知らない。ただ、その取引に乗ってしまった。

その直後、曾祖父に仕事が舞い込んだ。内容は割のいいもので、仕上がりが良かったからと報酬は上乗せされ、さらに別の客まで紹介された。短い期間で、金一山と呼ぶに足る金が手に入った。

その代わり、腹の子は流れた。

理由は分からない。医者は運が悪かったと言ったが、曾祖母は違うと思っていたらしい。だから祖母には、何度も言い聞かせた。

「どんなに苦しくても、あれとは取引するな」

母も、同じ言葉を聞かされて育った。

だから、私が赤子だった頃、母は勝手口から声をかけられても、迷わなかったという。背中に私をおぶって、台所で包丁を握っていたときだった。

「背中のひとつ、金一山」

確かに、勝手口からそう聞こえた。母は包丁を置いて言った。

「やらんよ」

「背中の半分、金一山」

「やらんって」

声はしつこかったが、母は勝手口を見なかった。見ると、背中が軽くなる気がしたからだという。

しばらくして、声は少し残念そうに言った。

「腹ぁ、へったなあ」

それきり、何も聞こえなくなった。

母は笑って話を終えたが、私は笑えなかった。勝手口は、今も家にある。作りは新しくなったが、位置は変わっていない。料理をしていると、時々、あずきや芋の量を数えてしまう自分がいる。

腹を空かせたものは、まだそこにいるのかもしれない。取引に応じない家を、ただ待っているだけなのかもしれない。

それとも、もう別の「背中」や「腹」を探しに行ったのだろうか。勝手口の向こうは、今日も静かだ。静かすぎるのが、少し気にかかっている。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「ほしな ◆YZpuwgGc」 2019/10/16]

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