私の住む集落には、六地蔵がある。
だが、どう見ても地蔵は五つしかない。
小学校二年生の頃の話だ。
学校の帰り道、六地蔵の前を通った。
どれも相当古く、風化していて顔の判別はつかない。苔に覆われ、ひとつは大きくひび割れていた。それでも赤い前掛けだけは毎年新しくされていて、異様なほど鮮やかだった。
その日は珍しく、隣の集落の同級生たちと一緒だった。
「なんか、こわい地蔵だな」
「古いからだろ」
「賽銭あるじゃん」
「盗むなよ」
「盗まねえよ」
「花まで供えてある」
「誰がやってんの?」
「知らねえ」
そんな話をしながら、何事もなく通り過ぎた。
翌日、村田が声を潜めて言った。
「昨日の夜さ、地蔵の夢見た」
前の日、賽銭に一番食いついていたやつだ。
「どんな夢?」
「夜中に目が覚めたら、腹の上で地蔵が跳ねてる。めちゃくちゃ重くて、息できなくて」
「……なんかした?」
「賽銭は盗んでない」
「『は』ってなんだよ」
「供えてあったまんじゅう食った」
馬鹿な話だが、その日の放課後、集落の老人に聞き回った結果、六地蔵を世話しているのは島田の爺さんだとわかった。
爺さんは少しボケていて、話が通じたり通じなかったりする。正直、会いたくはなかった。
爺さんはいつものようにバス停のベンチにいた。
「爺さん、六地蔵怒らせたらどうなる?」
「なんだ、地蔵様になんかしたか。小便でもかけたか」
「まんじゅう盗んだやつがいてさ。夢に出たらしい」
「そりゃ六目様だな」
「六目?」
「見えねえやつだ」
爺さんの話は断片的だった。
六地蔵は本当は六体いる。五つは見えるが、一体は見えない。
見えない六体目が六目様で、数に含まれている。
悪さをした子供を叱る役目だという。
理由も由来もはっきりしなかった。ただ、爺さんは最後にこう言った。
「足りねえと、寄ってくる」
翌日、村田の腹には青あざが増えていた。
同じ夢を見たらしい。
放課後、二人でうまい棒を六本買って供えた。
次の日も駄目で、味を変えた。
たこ焼き、テリヤキ、めんたい。
コーンポタージュ味を供えた日、村田は「動かなかった」と言った。
跳ねもしない。殴りもしない。ただ、腹の上に重さだけがあった。
それ以来、村田は夢の話をしなくなった。
しばらくして、赤い前掛けが一枚増えた。
五つの地蔵に、六枚。
誰が増やしたのかはわからない。
島田の爺さんは、その頃からバス停に来なくなった。
今でも六地蔵は五つしか見えない。
だが、前掛けの数だけは、誰が数えても六枚ある。
数えなければいいのに、
通るたびに、どうしても数えてしまう。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「ほしな ◆YZpuwgGc」 2019/02/15]