成瀬さんの連絡先は、二つあった。
一つは作業室の古い連絡帳に載っていた携帯電話で、現在は使われていなかった。もう一つは私宅の固定電話だった。電話機そのものが、もう家に残っていなかった。
片桐さんは、料金の振込みが続いているため、急いで探す必要を感じなかったという。
「来ないなら来ないで、困ることはなかったんです。空けてくれる人も、見てくれる人もいたから」
それは、家の状態については正しかった。
放置された家にありがちな匂いも、窓の腐りも、私が見た範囲では目立たなかった。誰かが入り、風を通し、傷んだところを直していた。
成瀬さんが戻る必要を、別の人たちの用事が少しずつ減らしていた。

私はまず、佐伯さんの父親から話を聞いた。
成瀬さんを初代の担当にしたのは、細かな作業を任せられる人だったからだという。印刷の仕事をしていたわけではないが、模型の材料を譲りに来たことが縁で、作業場へ出入りするようになった。
退任後に一度、倉庫の整理を手伝ってもらった覚えがあった。
「住所が変わったって言ってなかったですか」
「仕事先を替えたとは聞いた」
聞いた先の名前は、すぐには出てこなかった。
私が無理に思い出してもらおうとすると、佐伯さんは父親に代わって、古い請求書を見てみる、と言った。
そのあいだに、私は私宅の封書を一覧にした。
開封はしなかった。封筒の表側でわかる発送元と、消印のあるものはその年月だけを書いた。
私宅にあったのは、広告や利用通知だった。
それとは別に、片桐さんが保管していた手紙を見せてくれた。成瀬さん自身から片桐さんへ送ったもので、封筒も残っていた。
二〇一六年四月のものだった。表には片桐さんの住所、裏には成瀬修と、作業室とは別の事業所名が書かれていた。
片桐さんは中の手紙を読ませてくれた。
資料九 成瀬修氏から片桐澄江氏への手紙
先日は失礼いたしました。
残ったものについては、もうしばらく置かせてください。
費用はお話しいただいた額をお送りします。
用事のあるときは北窓のほうで対応できます。
家を空ける日については、決まり次第、私からご連絡いたします。
最後の行には、片桐さんの手で小さな丸がついていた。
「連絡はなかったんですね」
「日にちの連絡は、なかったです」
使用料の改定を伝えたときには返事があったという。片桐さんが、古い控えに書かれた事業所宛てに送った手紙への返答だった。
その事業所で現在も働いているかどうか、彼女は知らなかった。
私は、事業所へ連絡先を教えてほしいとは頼まなかった。
成瀬さんが在籍していれば、こちらの連絡先を書いた文書を渡してほしい、と依頼した。作業室の整理を受け持っていることと、私宅に残るものについて本人の判断が必要なことだけを伝えた。
電話に出た人は、成瀬という人がいるかどうかも答えず、文書は受け取ると言った。
私は文書を送った。
返事を待つあいだ、私は記録の読み方を一度、疑い直した。
成瀬さんが不在だと決めつけすぎていないか。
三人の担当者は本当に、自分が引き受けた用事を成瀬さんの私生活として続けていたのか。
作業室の仲間が家を共同で使い、店では席を昔の名前で呼んでいただけなら、多くのことは説明できる。
後から聞いた質問によって、本人たちの記憶が一つの話へ寄っていった可能性もあった。
私は初回の録音を聞き返した。
野間さんは最初から、成瀬さんの家だと話していた。自宅と混同しているという説明は、後の聞き取りで増えた。
私宅に残されていた不在票には、私が訪ねるより何年も前に、〈私がしまった〉と書かれていた。ただ、それは他人の家へ品物をしまっても使う言葉だった。
黒田さんの修繕写真も、知人の家を直しただけなら不自然ではない。
一つずつなら、どの資料も普通だった。
私が異常だと感じているものは、誰の生活なのかと尋ねたときだけ、全員の答えが途中でずれることだった。
私は記録の表題から、現象という語を消した。
かわりに、確認できた行動、当人の説明、私の解釈の三つへ分けた。
十一月十八日の夜、知らない番号から電話があった。
「成瀬です」
少し低い、はっきりした声だった。
私は手紙を見てくれた礼を言い、訪ねてもよいかと聞いた。
「作業室、なくなるんですか」
成瀬さんは、書類については聞かなかった。
「十一月いっぱいで閉める予定です」
「そうですか」
長い沈黙があった。
電話の向こうで、何かを畳んで重ねる音がした。
「家のものは、まだあるんですね」
「あります。鍵も」
「鍵は、返したと思っていました」
「誰へですか」
「杉浦さんへ」
私は、杉浦さんから黒田さんへ、黒田さんから野間さんへ渡ったことを伝えた。
成瀬さんは、そうですか、と繰り返した。
面談は二日後になった。
現在の仕事を終えたあと、勤務先の近くで会うことになった。本人の住まいを訪ねる必要はなかったし、こちらから求めもしなかった。
電話を切る前に、成瀬さんから一つ質問があった。
「誰が、舟を作っていますか」
私は、複数の人が少しずつ続きを作っていたようだと答えた。
「できましたか」
「まだです」
そうでしょうね、と言われるかと思った。
成瀬さんは、小さく息を吐いた。
「最後の板、難しいんです」
彼の声には、いま手を止めた人のような近さがあった。何年も家へ来ていないという話と、合わなかった。
その夜の記録には、電話で確かめられた事実だけを書いた。
成瀬修氏は連絡に応じた。
作業室の閉鎖を知らなかった。
私宅の残置物があると認識している。
鍵を杉浦氏へ渡したことを、返したという言葉で説明した。
その下に、自分だけが読む問いを一行書いた。
返す相手を、一つ手前で終えていたのではないか。
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。団体、場所、人物、取材、年月日および資料は、すべて作品内の架空の設定です。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。