食堂の作業台にある秤と空の白い茶碗

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 怪談 n+2026 オリジナル作品

空の重量 iwa+

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昼だけ開く食堂で、洗い物の仕事を始めた。

客席は十二席で、店主の奥さんが注文を取り、店主が厨房に立つ。私の仕事は、戻ってきた食器を洗い、閉店前に残ったご飯を小分けにすることだった。

一人前は百八十グラム。茶碗を秤に置き、表示を零にしてからご飯を盛る。冷めたら袋に移して冷凍する。初日に教わったのは、茶碗の底をよく拭くことだった。秤の皿に水を残すと、次に量るときの数字が合わなくなる。

月曜日、最後の客が帰ったあとに、洗い籠から茶碗を一つ取った。白い器で、内側に青い線が二本ある。布巾で底を拭いて秤に置くと、五百二十グラムと出た。ずいぶん重い茶碗だと思った。

同じ模様のものをもう一つ置いたら、三百四十グラムだった。重い方を持ち直すと、器の上の空間へ親指が入らなかった。縁を越えたあたりに、湿ったものが詰まっていた。中は空で、青い線も、その下の白い底も見えていた。

私は米粒が貼りついているのかと、指を曲げた。爪の先にぬるいものが挟まり、それが押し返してきた。ご飯を盛るしゃもじを差し込んでみると、何かに当たって止まった。透明なものが盛ってあるようだった。

「これ、重いんですけど」店主に見せると、底に水が溜まっていないかと聞かれた。私がひっくり返した茶碗を、彼は受け取って覗いた。何も落ちず、五百二十の表示も変わらなかった。店主は秤の電池を抜き、私には残りの洗い物を頼んだ。

秤が使えないので、その日はご飯を目分量で分けた。茶碗を洗い直して戻す前に、私は縁をつまんで揺すった。何かが中でずれた。器は動いているのに、空に見える部分だけ、少し遅れて重さがついてくる。

翌日、電池の替わった秤で、店主がその茶碗を量っていた。私を見ると、昨日は量るところが濡れていたのだろうと言った。三百四十グラムだった。茶碗を受け取り、縁を指でなぞった。今度は内側まで、何にも触れずに入った。

その日の最後の客は、作業着の男だった。ご飯を少なめにして、魚の煮付けを食べた。返ってきた茶碗には米粒が三つ残っていた。私はいつものように流しへ運んで、そこで手首が下へ引かれた。

青い線が二本。米粒を落として水を切り、秤へ載せると五百二十だった。男に出したご飯は少なめだったのに、昨日と同じ重さが残っていた。私は店主を呼ぼうとしたが、表の札を裏返しに行ったところだった。

流しの中で、茶碗を横へ倒した。水が、底の片側に溜まったまま動かなかった。見えている白い面には水があるのに、指を入れると、そのずっと手前で止まる。透明な盛り上がりの表面を、水だけが滑っていた。

私は口元を器へ近づけ、匂いを嗅いだ。洗剤でも、炊いた米でもなかった。食べかけの箸を、長く濡らしたまま置いたときの匂いがした。すぐに離したのに、下唇が湿っていた。

厨房へ戻った店主には、重い器を別に置いたとだけ伝えた。彼は触らずに、白い桶を持ってきた。洗い直すから水につけておいてと言った。私は桶へ茶碗を沈めた。底まで落ちず、途中で斜めになって止まった。

店主は桶に蓋をして、棚の下へ置いた。そのあとは普通に片付けた。私が濡れた床を拭いていると、蓋の内側へ、何かを引っかく音がした。爪で掻く音よりも細かく、固いものを擦り合わせるような音だった。

奥さんが戸締まりをしている間に、店主はその桶を裏口へ運んだ。明日は休みなので、つけ置きしておくと言った。翌朝来る予定はないと私が答えると、今度は顔を見て頷いた。厨房の中で、あんなふうに目を合わせたのは初めてだった。

休み明け、桶はなくなり、茶碗も一つ減っていた。店主は割れていたから処分したと言った。私はそれ以上聞かず、昼の皿を洗った。客席の奥の一卓だけ、いつもの醤油差しが片付けられていた。

閉店の頃、その卓に盆が一枚置かれているのに気づいた。茶碗も、おかずの皿も、箸もあった。全部空で、椅子には誰もいなかった。奥さんに下げてよいかと聞くと、彼女は店主を呼んだ。

店主は、ああ、それはいいからと答えた。私は盆の両側を持った。持ち上げようとしたところで、向こう側を引かれた。盆の縁に、薄い跡が五つ並んだ。洗ったばかりの白い皿にも、丸い水滴が増えていった。

私は手を離した。店主は近づいてきたが、私の前へ出ず、卓から少し離れた位置で止まった。「まだでしたか」と言った。空の椅子が床を擦った。背もたれと卓の間に、人一人が座れる隙間ができた。

店主が私の肘を引いて厨房へ戻した。重い茶碗を処分したのではないかと聞くと、彼は、器は捨てた、と答えた。新しいご飯を少し炊くから、その間に帰ってよいと言った。私は鞄を取りに、棚の下へ屈んだ。

鞄の紐を引くと、持ち手が濡れていた。棚に水をこぼしたのかと思って、奥へ手を伸ばした。何も置いていないところで、指先がぬるいものに触れた。手を引くと、指の間から、小さく濡れた音がした。

厨房の入口で、何かが咀嚼していた。空の卓からではなく、さっき私が鞄を置いていた棚の下から聞こえた。店主は炊飯器の蓋を押さえたまま、私に動かないよう言った。米が炊けるまで、あと二十分かかるという。

私は棚の縁に肘をついたまま、動けなかった。手首の外側へ、硬い粒が二列、押し当てられた。痛くはなかった。ただ、濡れた間隔が少しずつ狭まっていった。向こうへ押せば指が開き、引けば腕に硬いものが当たった。

店主は冷凍したご飯を温め、棚の端へ置いた。小鉢を掴むものは見えなかったが、私の手首に当たっていた粒が離れた。私は奥さんに腕を引かれて表へ出た。ガラス越しに、店主が小鉢を拾うのを見た。

店主はその小鉢を持ち、卓の前で待っていた。ご飯の山の中央がへこんだ。米粒が数粒、器を離れて浮かんだ。店主は指を伸ばしてそれを取った。見えない客の口についた米を、拭いてやるようだった。

もう一粒ついた。店主が取ると、離れたところにまた粒が浮いた。彼は小鉢を置いて、両手で取り始めた。白い粒が、厨房の入口まで、同じ高さで並んでいた。私の腕に当たっていた硬い粒も、二列あった。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

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