真夏の昼、私は沿岸の気象観測所に応援として放り込まれた。
台風期の欠員を埋めるための短期配置で、期間は三か月の予定だった。港から船で一時間ほどの小島で、観測塔と事務棟と宿舎が一体になった、要するに逃げ場のない建物だった。
割り当てられたのは宿舎の端の小さな個室だった。壁紙は黄ばんで、換気扇は回るたびに息切れのような音を立てた。直前まで使っていたのは派遣会社から来ていた保守担当だと事務員は言った。名刺交換だけはした。要件を話すときに限って妙に早口になり、肝心なところで言い直す癖があった。失礼ではない。ただ、会話が終わると、言い残しが床に落ちているような感触が残った。
部屋には、前任者の私物ではないはずの雑多なものが残っていた。折り畳み椅子、古い送風機、プラスチックの小箱。引き継ぎの紙には「不要品は備品庫へ」とだけ書かれていた。私は埃を払って床を拭き、小箱を開けた。
中には、短く切られた紙片が数十枚入っていた。レシートの切れ端のような薄い紙で、同じ文字列が同じ濃さで印字されている。意味をなさない記号の並びに見えた。数字のようでもあり、数字でないようでもあった。捨てようとして指を止めたのは、端が妙に揃っていたからだ。時間をかけて、切りそろえた跡だった。気味が悪くなり、小箱ごと備品庫へ運んだ。
その夜、当直を終えて部屋に戻ると、机の上に紙片が一枚置かれていた。昼に見たものと同じ並びだった。ポケットもカバンも確かめたが、入れた覚えはない。悪ふざけだと思い廊下に出て隣室のドアを叩いた。返事はなかった。住人は数人しかいない。夜勤でない者もいるはずなのに、建物全体の気配が薄かった。
翌日、観測塔の点検から戻ると、紙片が増えていた。今度は枕元だった。部屋を整理し、紙類をすべて片づけ、ゴミ箱も空にした。鍵も二重にかけた。合理的に考えれば、誰かが合鍵で入っているか、私が無意識に持ち込んでいるか、そのどちらかだ。
それでも紙片は現れた。洗面台の縁、靴の中、シャツの胸ポケット。置き方が、だんだん丁寧になっていくのが分かった。必ず目に入る場所だった。隠すのではなく、見せる配置だった。私は紙片を一枚ずつ封筒に入れ、日付と場所を書いた。自分でやっていない証拠を自分で用意している感じがして不快だったが、それをやめると日常が崩れそうだった。
三週目のある晩、換気扇が弱く唸り、生ぬるい潮の匂いが流れ込んできた。寝苦しくて起き上がり、例の送風機を引っ張り出した。前任者が残していったものだ。スイッチを入れた瞬間、風ではなく、紙が擦れる音がした。羽根の奥に何かが挟まっている。
分解すると、薄い紙片が束になって詰め込まれていた。昼に見た小箱よりはるかに多い。数は分からない。ただ、同じ並びのものは一つもなかった。似ているが一致しない。近づくと、遠ざかる。そういう並び方だった。私は束の中から、無作為に一枚を引き抜いた。
そこには、私の苗字に似た形の文字があった。完全ではない。画数が一つ多かったり、払いが逆だったりする。それでも、一目で自分だと分かった。下には、例の並びが続いていた。別の紙片には、島に来た日付に近い数字があったが、完全には一致していなかった。ずれているのに、無関係ではない感じだけが残る。
誰が、何のために、いつ入れたのか。考えようとすると、頭の中で並びがほどけていった。意味を結ぼうとするほど、形が崩れる。私は束を元に戻し、その夜のうちに事務員へ連絡した。備品庫の不要品をすべて廃棄するよう強く求めた。送風機も小箱も含めてだ。鍵の交換と、マスターキーの管理方法の確認も要求した。事務員は面倒そうにしつつ、渋々動いた。
その後、紙片は出なくなった。三か月の任期を終え、私は本土へ戻った。島のことは忙しさの中で薄れていった。前任者についても、誰も詳しく語らなかった。派遣は入れ替わる。連絡がつかなくなることも珍しくない。
封筒に集めた紙片は、自宅の棚の奥にしまい込み、数年開かなかった。ただ、完全には終わらなかった。今でも、事務用プリンターが紙を吸い込む瞬間の匂いを嗅ぐと、送風機の奥の感触が戻ってくる。インクと熱と、乾いた紙が混じった匂いだ。頭の中で、意味を持たない並びが勝手に立ち上がる。何を指すのか分からないのに、自分に向けられている感じだけは確かだ。
もし最初の小箱を、何も考えずに捨てていたらどうなっていたのか。並びは別の器に移ったのか。それとも、私がそれを「自分だ」と認識するまで、置き方を変えながら続いたのか。
答えは出ない。出ないまま、匂いだけが正確だ。紙が熱を帯びたときの、あの薄い焦げのような匂いが、いまも私を島へ引き戻す。
(了)