高校生のころ、私は夢日記をつけていた。
目が覚めるとすぐ、枕元のメモ帳に夢を書きつける。時間がなければ、通学のバスの中で続きを書いた。
なぜそんなことを始めたのかは覚えていない。ただ、毎晩のように同じ人物になる夢を見るのが面白かったのだ。
夢の中の私は、中年のサラリーマンだった。
紺色のスーツを着て、満員電車に揺られ、会社では一日中パソコンに向かっていた。
現実の私は女子高生だったから、その落差がおかしかった。
「またおっさんだった」
朝になると、そんなことを書いて笑っていた。
ところが、夢日記を続けているうちに、その男の生活は妙に細かくなっていった。
会社の机の傷。
給湯室に置かれた欠けたマグカップ。
同僚が煙草を吸ったあとにつける、強いミントの匂い。
右肩だけがいつも凝っていること。
夢というより、誰かの一日をそのまま借りているようだった。
それでも私は気にしなかった。
ある日の昼休み、教室で夢日記を読み返していた。
寝起きに書いているので、どのページもひどい字だった。自分でも読めないところがある。
その中に、一ページだけ、まるで別人が書いたような箇所があった。
細く、癖のない、几帳面な字だった。

最初は、自分がたまたま丁寧に書いたのだと思った。
だが、内容がおかしい。
「放課後、友達とカラオケ」
「帰りにコンビニで肉まん」
「伊藤園のほうじ茶ラテ。思ったよりうまい」
どれも私が実際にしたことだった。
夢ではない。
しかも、私はそんな内容を夢日記に書いた覚えがなかった。
次のページも同じだった。
「数学、小テスト。たぶん赤点」
「体育。持久走。きつい」
「母と口喧嘩」
私の生活だった。
けれど、字は私のものではない。
気味が悪くなって、私はノートを閉じた。
その日のうちに、教室のゴミ箱へ捨てた。
それから夢日記はやめた。
不思議なことに、あのサラリーマンの夢も見なくなった。
大学に進み、就職し、何年も経った。
あのノートのことなど、ほとんど忘れていた。
昨夜までは。
久しぶりに、あの男の夢を見た。
夢の中で私は、昔と同じ会社にいた。
男は以前より少し老けていた。
髪に白いものが混じり、机の上には老眼鏡が置かれていた。
私は彼の目で、机に向かっていた。
引き出しを開ける。
一冊のノートが入っていた。
見覚えのある表紙だった。
高校生のころ、私が捨てた夢日記だった。
夢の中で、男はそれを開いた。
ページには、私の汚い字がびっしり並んでいた。
「今日も会社」
「上司に怒られる」
「昼はそば」
「右肩が痛い」
全部、私が高校生のころに「夢」として書いた内容だった。
その下に、男の整った字で一行だけ書かれていた。
「また、あの女の夢を見た」
そこで目が覚めた。
午前二時十二分だった。
しばらく布団の中で動けなかった。
あのころ私が男を夢に見ていたように、男も私を夢に見ていた。
そう考えれば、あの見知らぬ筆跡にも説明がつく。
いや、説明がついてしまうことのほうが怖かった。
水を飲もうと起き上がったとき、机の上に何かがあるのが見えた。
ノートだった。
黄色く変色した表紙。
角に貼った、小さな猫のシール。
間違いない。
高校時代に捨てた夢日記だった。
開くまでに、かなり時間がかかった。
最後のページに、昨日の日付が書かれていた。
几帳面な、あの男の字だった。
「久しぶりに、あの女の夢を見た」
その下には、もう一行あった。
「今度は、向こうも気づいた」
[出典:353 :本当にあった怖い名無し:2018/10/10(水) 01:24:06.41 ID:JpwfAMWv0.net]