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【定番・名作】カルト洗脳教団~地下のまる穴【ゆっくり朗読】2300

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これは十七年前の高校三年の冬の出来事です。

原著作者:2009/10/20 18:04 匿名さん「怖い話投稿:ホラーテラー」

あまりに多くの記憶が失われている中で、この十七年間、わずかに残った記憶を頼りに残し続けてきたメモを読みながら書いたので、細かい部分や会話などは勝手に補足や修正をしていますが、できるだけ誇張はせずに書いていきます。

私の住んでいた故郷は、すごく田舎でした。

思い出す限り、たんぼや山に囲まれた地域で、遊ぶ場所といえば、原つきバイクを一時間ほど飛ばして市街に出てカラオケくらいしか かったように思います。

そんな片田舎の地域に1991年突如、某新興宗教施設が建設されたのです。

建設予定計画の段階で地元住民の猛反発が起こり、私の親もたびたび反対集会に出席していたような気がします。

市長や県知事に嘆願書を提出したり、地元メディアに訴えかけようとしたらしいのですが、宗教団体側が「ある条件」を提示し、建設が強行されたそうです。

条件については地元でも様々な憶測や噂が飛び交いましたが、おそらく過疎化が進む市に多額の寄付金を寄与する事で、自治体が住民の声を見て見ぬふりをした、という説が濃厚でした。

宗教施設は私たちが住んでいる地域の端に建てられましたが、その敷地面積は東京ドームに換算すると二~三個ぶん程度の広さだったと思います。

過疎化が進む片田舎の土地は安かったのでしょう。

高校二年の秋頃に施設が完成し、親や学校の担任からは「あそこには近づくな」「あそこの信者には関わるな」と言われていました。

私たちはクラスの同級生八人くらいで見に行ったのですが、周りがすべて高い壁で囲われ、正面には巨大な門があり、門の両端の上の部分に、恐ろしい顔をした般若みたいなものが彫られていました。

それを見た同級生たちは「やばい!悪魔教じゃ悪魔教じゃ」と楽しそうに騒いでいましたが、そういう経緯から学校ではあの宗教を「悪魔教」や「般若団体」などと、わけのわからないアダ名で呼ぶようになりました。

たまにヒマな時などは、同級生ら数人で好奇心と興味と暇潰しに施設周辺を自転車でグルグルしていましたが、不思議な事に信者や関係者を見た事は一度もありませんでした。

あまりに人の気配がなく、特に問題も起きなかったので、しだいに皆の関心も薄れていきました。

高校三年になり、宗教施設の事は話題にもならなくなっていたのですが、ある日同級生の細井が「あそこに肝だめしに行かんか」と言いはじめました。

細井が言うには

「親から聞いたけど、悪魔教の建物に可愛い女が出入りしとるらしい。毎日店に買い物に来とるらしいで」

細井の実家は、地域内で唯一そこそこ大きいスーパーを経営していました。

細井の両親は毎日二~三万円も買い物をしていく「悪魔教」にすっかり感謝しているようでした。

細井は「俺の親は、あそこの信者はおとなしくて良い人ばかりって言いよったよ。怖くないし、行ってみようや」

私やその他の同級生も遊ぶ場所がなく毎日退屈していましたので、「じゃあ行くか!」という事になり、肝だめしが決定しました。

メンバーは私と細井と矢口と原田と三宅の同じクラスの五人と、後輩の峯田と温井の全員男の七人になりました。

七人もいれば怖くないでしょう。皆も軽い気持ちで行く雰囲気でした。

待ち合わせは施設にほど近い、廃郵便局の前になりました。

私が到着すると細井・矢口・原田と峯田は来ていたのですが、三宅と温井が三十分近く待っても来なかったので、五人で行く事になりました。

施設の近くに自転車を停車させ、徒歩で施設の門へ。

「うわ~夜中はやっぱ怖いわ」

「懐中電灯をもう一つ持ってくりゃ良かったね」などと話していました。

巨大な門の前まで来ると門からかなり離れた敷地内の建物の一ヶ所に電気がついていました。

「うわぁ信者まだ起きとんじゃね」

「悪魔呼んだりしとんかね(笑)」

などと軽口を叩いていましたが、原田が「これ、中に入れんじゃん」と言いました。

すると細井が「俺が知っとるよ。横を曲がったとこに小さい門があってそっから入れる」と言いました。

「細井、なんで早く言わんのんや」とか言いながら、壁づたいを歩き、突き当たりを横に曲がり、少し歩くと壁に小さな扉がありました。

細井が手で押すと、向こう側に開きました。

人ひとりようやく通れる扉を五人で順番に通って中に侵入しました。

その後は懐中電灯をつけたり消したりしながら更地の敷地内をグルグルしていました。

「なんもないじゃん」

「建物に近づいたらさすがにヤバイよの」

など小さな声で雑談していたのですが、あまりにも何もなくつまらないので施設に近付いてみる事にしたんです。

敷地内は正面の門からは長々とした100メートルくらいの完全な更地で、その先に大きな施設が三棟並んでいました。

よく覚えていませんが、とても奇妙な外観をしたデザインの建物でした。

施設周辺をコソコソ歩いていると、施設と施設の間に、灯りのついたキレイな公衆トイレの建物がぽつんとあり、トイレがある場所一帯は白いキレイなコンクリートで舗装されていて、ベンチまでありました。

細井が「ちょっと休憩しようや」と言い出し、周りの同級生らは「はぁ?見つかったらさすがにヤバイだろ」「さっさと一周して帰ろうや」と言いました。

私も「見つかったら警察呼ばれるかもしれんし、卒業まであと少しじゃし、問題起こしたらヤバイ、はよう帰ろうや」と言いました。

しかし細井はベンチに座ると煙草を吸い始めました。

「じゃ一服だけして帰るか」という事で、全員でその場に座って煙草を吸いました。

すると細井が「俺ちょっとトイレ行ってくるわ」とその公衆トイレの中に入っていきました。

矢口や原田は

「アイツ勝手に入った建物のトイレでよくションベンなんか出せるなぁ」

「ウ○コなら悪魔に呪われるんじゃないか」

とか冗談を言いながら煙草を吸っていたんですが、しばらくすると細井がトイレの中から

「お~い。ちょっと来て。面白いもんがあるよ」と小さな声で言いました。

ゾロゾロと行ってみると細井は「ほら、ここなんだと思う?」と便所の個室を指さしました。

矢口が「トイレじゃん」と言うと「ドア開けてみてや」と言い、矢口が「なんや」と言いながら扉を開けました。

扉を開けてみると、なぜか中には地下に降りる階段がありました。

細井は「おかしいじゃろ。便器便器と並んで、ここだけ階段なんよ」と言いました。

いよいよ、この状況がおかしな事に気づきました。

第一細井の言動がずっと不可解でした。

細井が急に肝だめしを提案した事、横の扉の位置を把握していた事、トイレの扉をわざわざ開いた事などです。

私は細井に「お前まさかココでウ○コするつもりだったん?」と聞きました。

細井は「いや、うん、そうじゃ」と曖昧に答えた後「ちょっと降りてみんか?」と皆に聞き始めました。

私は当然断りました。

「お前おかしな事言うなや。はよ帰ろう。ここでグズグズしよったら見つかるじゃろ」

と言うと、「はは~お前怖いんじゃろ?ちょっと降りるだけなのに怖いんじゃろ」と馬鹿にした感じで言い出しました。

私はこれは細井の挑発だと思いました。

下に誘導しようとしているとしか思えなかったのです。

矢口も「ワシもいかんわ。帰ろうで」と言ってくれたのですが、他の二人は「なんか面白そう。ちょっとだけ降りようか」みたいな感じで細井に同調したのです。

細井は「お前らは勇気あるの~」とか言いながら、私や矢口を更に挑発していましたが、矢口は「ワシ行かんで。勝手に行けや」と吐き捨てるように言いました。

細井は「ならまず三人で降りるわ。お前らはとりあえずココで待っといてや」と言いました。

そして三人は下へと降りて行ったのです。

私と矢口の二人はトイレの外には出ず、中で待っていました。

トイレの周辺は施設に挟まれた形で、窓も多数あったため、「どこの窓から見つかるか分からない」と思い、トイレ内で待機していました。

矢口は「おい、細井ってなんか変じゃないか?」と聞いてきました。

私は「今日の細井はおかしい。なんか最初っから俺らをココに連れてきたみたいな感じがする」と答えると、矢口も「ワシもそう思いよった」と言いました。

その後は矢口と一緒に今夜の事や見つかってしまった時の対処法などを話していました。

五分近く経った頃、「ちょっと遅くないか?!」と私も矢口もイライラし始めました。

矢口は「もう二人で帰るか」と言い出したのですが、二つあった懐中電灯のうち二つとも細井たちが持って降りてしまったので、暗闇の中あの小さな横の扉を発見するのは時間がかかると判断し、しぶしぶ待っていました。

すると、遠くのほうから足音が聞こえてきたんです。

ザッザッザッという複数の足音が遠くから聞こえてきました。

私も矢口も、一瞬で緊張しました。

私たちは小声で「ヤバイ……人がきた。マズイで……」と囁きあいました。

場が張りつめた雰囲気に変わりました。

足音は遠くからでしたが、どの方角からの足音か分からなかったですし、いま外に出ても私たちは施設内の方向や構造が分からないので、見つかってしまう可能性がありました。

矢口が「ヤバイ……近づいて来とるで……どうする?」とかなり慌てた感じで言っていました。

私も内心は心臓がバクバクしながら「コッチに来るとは限らんし、来そうなら隠れよう」と言いました。

しかし確実に足音は私たちのいるトイレに近づいてきていました。

その時矢口がいきなり階段ではない他の大便の個室の扉に手をかけました。

しかし開きません。隣の個室もなぜか開きませんでした。矢口は「クソッ!閉まっとる。あ~クソッ」と小さな声で叫びました。

足音はおそらく15mくらいまで近づいてきています。

直感的ですが、私はその時、足音の連中は間違いなくトイレに来ると確信していました。

矢口もきっと同じ予感がしていたのだと思います。

私も矢口もジッと立ち尽したままでした。

矢口は「……仕方ないわ。降りよう」と言い出しました。

私は「えっマジで……?」と返事をしました。

あの得体の知れない階段を降りるのはすごく嫌でしたがトイレ内にはもはや隠れる場所もなく、走り出したところで、暗闇の中でしかも場所がよく分からないので捕まるだろうと思いました。

深夜の宗教施設という特殊な状況下で判断力も鈍っていたのかもしれません。

足音がもうすぐトイレ付近に差しかかる中、私と矢口は個室の扉を開き足音を忍ばせながら下への階段を降りました。

階段はコンクリート造りの階段で、長い階段なのかと思っていましたが、意外にも十段くらいで下に着きました。

真っ暗闇なので何も見えないのですが、前を歩いていた矢口が、降りた突き当たりの目の前にあったのだろう扉を開きました。

中には部屋がありました。

部屋の天井にはオレンジ色の豆電球がいくつかぶら下がり、部屋全体は淡いオレンジ色に包まれていました。

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私と矢口はその部屋に入ると、扉をそっと静かに閉めました。

部屋を見渡すと、15畳くらい(よく覚えていません)の何もないコンクリート造りの部屋で、真ん中には大きく円状のものがぶら下がっていました。

説明しにくいですが、巨大な鉄製のフラフープみたいなものが縦にぶら下がっている感じです。

そのフラフープは部屋の両隅の壁に付くくらい巨大なものでした。

私と矢口はそんなのを気にせずに、扉の前で硬直していましたが、私が「細井たちは?おらんじゃん……」と小さな声で言うと、矢口は「わからん、わからん……」とひきつった表情で言っていました。

そして、私たちが聞いていた足音が予感通りトイレの中に入ってきたのが分かりました。

真上から足音がコンクリートを伝って響いてきました。

その足音は三人~四人くらい。私たちはジッと動けないまま、扉の前で立ち尽していました。

なにやらブツブツ話し声が聞こえてきましたが、内容まで聞きとれません。

話し合うような声に聞こえましたし、それぞれがなにかをブツブツ呟いているようにも聞こえました。矢口は下をうつむいたまま、目を閉じていました。

どのくらい時間が経ったのか分かりません。

私はなにか楽しい事を思い出そうとして、当時流行っていたお笑い番組を必死に思い出していました。

いつのまにか、トイレ内のブツブツ呟く声は、三~四人から十人くらいに増えている事に気づきました。

上にいる連中は私たちがココに隠れている事を知っているのではと思いました。

怖くてガタガタ震えてきました。ブツブツブツブツと気味の悪い話し声に気が遠くなりそうでした。

突然ブツブツ呟く声が消えると、ガタンッと扉が二つ連続して開く音が聞こえた後、さらにガタンッと音がしました。

そのガタンッはトイレの個室を開く音だとすぐに分かり、鳥肌が立ちました。

「他の個室には最初から人が入っていたんじゃないか」

私と同じように矢口がその可能性に気づいたのかどうかは分かりませんが、さっきは鍵が閉まっていたのですから、外から開けたのではなく、個室から誰かが出てきたんだと思ったのです。

そして階段を降りる足音が聞こえてきました。

限界でした。

階段を降りきるまで15秒とかからないでしょう。

私は矢口の腕をギュッと掴みました。

階段を降りる足音が中間地点くらいになった時、矢口は「うわぁぁぁ~」と情けない悲鳴をあげながら私の手を振り払い、部屋の奥に走り出しました。

その時です!

矢口があの丸い輪をピョンとジャンプした瞬間、一瞬で矢口の姿がなくなったのです。

私はただただ唖然としました。

フラフープ状の丸い輪の向こう側に飛び越えるはずなのに、矢口が忽然と姿を消してしまった事に、恐怖よりも放心状態になりました。

私は扉から少し離れ、扉とフラフープの間に立っていました。

「謝ろう!」と思いました。

「すみません。勝手に入ってしまいました。本当にすみません」

そう言おうと思いました。

扉がゆっくり開きました。

開いた扉の隙間から、わざとらしく、ひょいっと顔だけが現れました。

王冠のようなものをかぶった老人が顔だけ覗かせこちらを見ていました。

満面の笑みでした。

おじいさんかおばあさんかは分かりませんでしたが、長い白髪に王冠をかぶった、しわくちゃの老人が満面の笑みで私を見ていました。

それは見た事もない悪意に満ちた笑顔で、私は一目見て「これはまともな人間ではない」と思いました。

話が通じる相手ではないと思ったのです。

その老人の無機質な笑顔に一瞬でも見られたくないと思い、「はうひゃっ!」と情けない悲鳴が喉の奥から勝手に出てきて、私もまた矢口と同じようにフラフープ状の輪に飛びこみました。

目を開くと病室にいました。

頭がボーッとしていました。

腕には注射針が刺さり、私は仰向けに寝ていました。

上半身を起きあがらせるのに三分近くかかりました。

窓を見ると綺麗な夕焼けでした。

部屋には人はおらず、個室の病室でした。

何も考えられずただボーッとしていました。

どのくらいの時間ボーッとしていたか分かりません。

しばらくすると、ガチャとドアが開き看護婦さんが現れました。

看護婦さんは、かなり驚いた表情で目を見開くと、そのままどこかに駆け出しました。

私はそれでもボーッとしていました。

その後は担当医や他の医師たち数人が来て、私に何かを話しかけているようでしたが、私はボーッとしたままだったらしいです。

その後時間が経ち意識もだんだんと鮮明になってきました。

医師からは

「さっき清助君の家族呼んだからね。清助君は長い時間寝ていたんだよ。でも心配しなくていい。もう大丈夫だよ」

と意味不明な事を言われました。

起きてからも時間の感覚がよく分からなかったのですが、やがて母らしき人と若い女の子が泣きながら病室に入ってきました。

それは母ではありませんでした。

それに私の名前は清助でもありません。

母を名乗る女性は「よかった……よかった」と泣いて喜んでいました。

若い女の子は私に「お兄ちゃん、おかえり……」と言いながら泣き崩れてしまいました。

しかし私に妹はいません。

三つ離れた大学生の兄ならいましたが、妹などいません。

私は「誰ですか?誰ですか?」と何度も聞きました。

医師は「後遺症でしょうが時間が経てば大丈夫だと……」みたいな事を母らしき女性や妹らしき女の子に励ますように言っていました。

「今夜は母さんずっといるからね」と言われました。

私は寝たままいろいろ検査を受け、その際医師に「僕は清助でもないし、母も違うし妹もいません」と言いました。

しかし医師は「う~ん……記憶にちょっと……う~ん……」と首を傾げていました。

「清助君はね、二年近く寝たきりだったんだよ。だから記憶がまだ完全ではないんだと思うよ」と言われました。

そう言われても、私はショックな感情すらありませんでした。

現実にいま起きている事が飲み込めなかったのでショックを受ける事さえできなかったのです。

医師は言葉を選びながら、私を必死に励ましていました。

母らしき人は記憶喪失にショックを受けて号泣していました。

私は「トイレに行く」とトイレに行きました。

立ち上がる際に足が異常に重く、なかなか立ち上がれずにいると、医師や看護婦や妹らしき人が手伝ってくれました。

トイレに行くと、初めてあの夜の事を思い出しました。

不思議ですが、目覚めてからの数時間、一度もあの肝だめしの事は思い出さずにいました。

トイレがすごく怖かったのですが、肩をかしてくれた医師や付いてきた母や妹がいたので、中に入りました。

用を足したあと、鏡を見て悲鳴をあげました。

顔が私ではありませんでした。

まったくの別人でした。

覚えていないのですが、その時私は激しいパニックを起こしたらしく、大変だったらしいです。

その後は一ヶ月近く入院しました。

私は両親と名乗る男女や、妹を名乗る女の子や、見舞いに来た自称友達や、自称担任の先生だったという男性らに「僕は清助じゃないし、あなたを知らない」と言い続けました。

細井や矢口の事や、自分の過去や記憶を覚えている範囲で話し続けましたが、すべて記憶障害、記憶喪失で片付けられました。

細井など存在しない、矢口もいない、そんな人間は存在しないと説得されました。

しかし、みんな私にとても優しく接してくれました。

医師や周りの話だと、私は学校帰りに自転車のそばで倒れているところを通行人に発見され、そのまま病室に担ぎ込まれたそうです。

私に入ってくるこの世界の情報はどれも聞いた事がないものばかりでした。

例えば、「ここは神奈川県だよ」と言われた時は、私は神奈川県など知らないし、そんな県はなかったはずでした。

通貨単位も円など聞いた事もない。東京など知らない。日本など知らない……という感じです。

そのつど医師からは「じゃあ、なんだったの?」と聞かれるのですが、どうしても思い出せないのです。

細井の名前も思い出せず、「同級生の友達」と何度も説明しましたが、周りからは「そんな子はいないよ」と言われました。

あの施設に入り、あのフラフープに入った話を医師に何度も必死に説明しましたが、「それは眠っていた時の夢なんだよ」という感じで流され続けました。

しかし恐ろしい事に、私自身「自分は記憶喪失なんだ。前の人生や世界は全部寝ていた時の夢だったんだ」と真剣に思い始めていたのです。

「記憶喪失な上に、別人格・別世界の記憶が上書きされている」と信じはじめていたのです。

どちらにせよ私には別人としての人生を生きていく事しか選択肢はありませんでした。

退院後に父や母や妹に連れられ自宅に戻りました。

「思い出せない?」と両親から聞かれましたが、それは初めて見る家に初めて見る街並みでした。

私はカウンセリングに通いながら、必死にこの新しい人生に順応しようと思いました。

私に入ってくる単語や情報には違和感のあるものとないものに分かれました。

都道府県名や国名はどれも初めて聞いたものばかりですし、昔の歴史や歴史上の人物も初耳でしたが、大部分の日常単語については、違和感はありませんでした。

テレビや新聞、椅子やリモコンなどの日常会話はまったく違和感ありません。

最初は家族に馴染めず、敬語で話したり、パンツや肌着を洗われるのが嫌で自分で洗濯などしていましたが、不思議な事に、本物の家族なんだと思えるようになり、前の人生は前世か夢だと思うようになりました。

そう思えてくると、前の人生での記憶が少しずつ失われていきました。

唯一鮮明に覚えていた両親の顔や兄の顔や友人の顔や田舎の街並みも、思い出すのに時間がかかるようになりました。

しかし、あの最後の一夜、宗教施設での記憶だけはハッキリ覚えていました。

特にあの満面の笑みの老人の顔は忘れられませんでした。

新しい生活にも慣れ、カウンセリングの回数も減り、半年後には高校にも復帰しました。

二十歳で高校三年生からやり直したのですが、友人もでき、楽しさを感じていました。

テレビ番組も観た事がない番組ばかりでとても新鮮でした。

神奈川県の都市でしたので都会の生活もすごく楽しかったのを覚えています。

しかし、高校復帰から四ヶ月ほど経った後に意外な形で、あの世界とこの世界とをつなぐ共通点が現れました。

ちょうど夏休みに、私は宿題の課題のため、本屋で本を探していました。

すると並べてある本の中で「破邪眞理教」という文字が目に入りました。

宗教関連本でした。

「破邪眞理教」というのは、紛れもなく、私が最後の夜に侵入した新興宗教の名前でした。

私は驚愕しました。そして本を手にとり、必死に読みました。

「破邪眞理教」はこの世界では、かなり巨大な宗教団体というのが分かりました。

私のいた世界では名前も聞いた事がない無名の新興宗教団体だったのに、こちらでは世界的な宗教団体だったのです。

それから私はその宗教の関連本を何冊も買い読みあさりましたが、それは意味がない行為でした。

読んだからといって何も変わりません。戻れるわけでもなければ、誰かに私の過去を証明できるような事実でもありません。

周りに話したところで「それは意識がなかった時に破邪眞理教が夢に出てきただけだ」と言われるだろうと思ったからです。

それに、親切にしてくれる新しい家族や友人たちに迷惑や心配をかけたくなかったのです。

せっかく高校にも復学し、過去の話をしなくなった私に対して安心感を感じてくれている周囲に対しての申し訳なさ、またカウンセリングに通う苦痛を考え、私は見て見ぬふりをする事にし普通に人生を送ってきました。

十七年が経ち、私も今は都内で働くごく普通のサラリーマンです。

ではなぜ今さらこんな事を書き記そうと思ったかと言うと、先月、私の自宅に封書の手紙が届きました。

匿名で書かれた手紙の内容は

「突然で申し訳ありません。私はあなたをよく知っています。あなたも私をよく知っているはずです。あなたを見つけるのにとても長い時間と手間がかかりました。あなたは惣一郎という名前ですが、覚えていますか?また必ず手紙を送ります。この手紙の内容は誰にも言わないでください。あなたの婚約者にも。よろしくお願いします」

という内容でした。

惣一郎と呼ばれても、私にはもはや全くピンときませんが、以前そんな名前だったような気もします。

手紙が送られてきた事に対しては不思議と恐怖も期待もなく、どちらかというと人ごとのように感じました。

そして、その手紙の相手は先週二通目を送ってきました。

要約すると

「あなたが知っている私の名前は清助です。あなたは覚えていませんよね?どうやらここにはあなたと私しか来ていないようです」

と書かれ

「今月二十五日の十九時に恵方駅前のエトワールにいるので、必ず来てください。あなたに早急に伝えなければならない事があります。必ず一人で来てください」

と書かれていました。

私には惣一郎の名前が誰なのか一切覚えていませんが会いに行くつもりです。

行かなければならない気がしています。

誰がそこに立っていたとしても思い出せないと思いますが、あの夜のメンバーなら話せば誰なのか分かります。できれば矢口であってほしいです。

なにが起こるか分からないので、こういう形で書き残そうと思いました。

同じような文面を婚約者と唯一の身内になった妹には残しておこうと思います。

(了)

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