僕が社会人になってからの話です。
親友の収蔵と、肇、和子さんの男三人、女一人で、長野の爺ちゃんの家に遊びに行きました。
久しぶりの旅行ということもあり、みんな浮かれていました。
今でも、本当に、行かなければ良かったと後悔しています。
二泊三日で出かけ、いよいよ明日帰るという、二日目の晩です。
僕らは、肝試しに出かけようという話になりました。
僕はあまり気が進まなかったのですが、みんなの勢いに負けてしまいました。
爺ちゃんの家からちょっと山に入って行ったとこに、地元の人が『むくろくり』と呼んでいる川岸があります。
昔は『むくろ送り』と呼んでいたのが、『むくろくり』になったと言われていました。
その岸より上で川に落ちた死体は、必ずその岸に着くという話です。
そこは地元でも有名な霊の出る場所で、前にその話を僕から聞いていた収蔵が、場所はそこにしようと決めてしまいました。
僕らは爺ちゃんには内緒で、こっそりと出かけました。
田舎の闇は深く、二本の懐中電灯だけが頼りです。
馬鹿話をしたり、仕事の話をしたりしている内に、『むくろくり』に着きました。
なんの変収蔵もない川辺でした。
多少、霊感のようなものがある僕にも、何も感じません。
僕がほっとしていると、肇が何か見つけたようでした。
「お~い!こっち来て見ろ!なんかあるぞ!」
行ってみると、洞穴がありました。
割と大きな穴で、180センチある肇でもしゃがまずに入れそうです。
僕は何かイヤな感じがしました。
「おい、帰ろうぜ!」
僕が言うのも聞かず、肇は中に入っていってしまいました。
仕方なく、僕と収蔵、和子さんも後に続きました。
しばらく歩くと、割と大きな空間に出ました。
大人が十人は入れそうな感じです。
「昔の防空壕の跡かなあ?」
肇が言いました。
「見て!」
和子さんが、懐中電灯で奥を照らしました。
そこにはお堂がありました。
お堂といっても、小さな30センチほどのお堂で、とても人は入れません。
薄汚れて、あちこち傷んでおり、何かイヤな雰囲気をもっていました。
僕らは気味悪くなり、誰からとも無く帰ろうという話になり、出口に向かって歩き始めました。
その時です。
「……わば……まで」
どこからか声が聞こえて来ました。同時に、僕の背中にイヤな感じがしました。
霊が近くにいるときの感じ。
「毒……わば……皿……まで」
声は背中から近づいてきます。
僕は思い切って後ろを振り向きました。
声はやはりお堂からでした。
お堂の破れた障子からは、明かりが漏れていました。
まるで、中で蝋燭を灯しているかのような、ゆらゆらとした明かりです。
そして、お堂の扉が少しずつ開き始めました。
本能的に、「これはやばい!」と分かっているのですが、体が全く動きません。
開いた扉から、スウっと、何かが出てきました。
包丁の先のような、尖った刃物。
もしかしたら、日本刀でしょうか?
「キャーーーーーーーーー!」
和子さんが悲鳴をあげました。
同時に、こわばっていた体が、フッと動くようになりました。
僕たちは慌てて、わき目をふらずに逃げ出しました。
僕たちは、へとへとになりながら爺ちゃんの家までたどり着きました。
「なんだったんだよ!あれ!」
収蔵が僕に言いました。
「僕だってわんないよ!」
和子さんは周りを見回していました。
「待って!肇くんがいない!!」
見ると、確かに肇がいません。いつはぐれたのかさえ、分かりません。
そこへ、騒ぎに気付いた爺ちゃんが出てきました。
「なにやっとんじゃ、おまえら!こん夜中に!」
僕たちは、爺ちゃんに今あったことを話しました。
聞いているうちに、爺ちゃんの顔色が見る見る青ざめていきました。
そして、いきなりバキッ!っと僕の頬を思い切り殴り飛ばしました。
「……!」
僕はびっくりして、声もでません。
爺ちゃんに殴られたのなんて、これが初めてだったのです。
「勇!おまが着いていながら、なんでむくろくりになんぞ!行ったらあかんと…… 何故あかんと……わからんじゃあ……」
最後の方は言葉になっていませんでした。
こんなに狼狽している爺ちゃんを見るのは初めてでした。
「大黒の坊主に……いや……今日は坊主の集会で京にいっとる日じゃ……」
ぶつぶつと一人でつぶやくと、一人で頷き、僕の肩に手を置きました。
「いい、いい。 心配するな、勇。なんとかしてやる、爺ちゃんがなんとかしてやる……」
そう言うと、家から塩を持って来ました。
「毒を食らわば皿まで食らわん 皿まで食らわば肝喰らえ……毒を食らわば皿まで食らわん 皿まで食らわば肝喰らえ……」
僕たち三人を並ばせると、頭から足まで塩をかけながら、何かおまじないのような事を言っていました。
そして、着いて行くという僕を残し、爺ちゃんは一人で肇を探しに向かいました。
僕たちは、爺ちゃんの家で、ひたすら二人の帰りを待っていました。
翌朝、肇は一人で裏庭に倒れているのを発見されました。
外傷もなにもなく、ただ疲れきっていて、それから三日間も眠りっぱなしでした。
爺ちゃんは『むくろくり』に流れ着いていました。
僕は会わせてもらえませんでしたが、とても苦しそうな、何か恐ろしいものを見たような表情で亡くなっていたそうです。
そして、体には何も外傷がないのに、内臓が一切無かったと。
目が覚めた肇は何も覚えていませんでした。
ただ、うっすらと
「大丈夫、大丈夫じゃ……」
という爺ちゃんの声だけは覚えていると言っていました。
(了)
[出典:http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1135737077/]