二十一世紀になったばかりの年に体験した実話。
高校を卒業しフリーターになって一年目。
俺は問題を起こしすぎて、同じ市内なのに両親が俺のためにアパートを借りて、無理やり追い出されていた。
類友の法則ってやつで、俺の周りもみんなフリーター。
髪の色もピンク、金、青とみんなカラフル。
まあバンドマンが多かったせいもあるんだけど。
当時十八歳で免許取立ての田舎のあんちゃんがやることなんて限られている。
毎日酒飲んじゃ車でナンパか、心霊スポット巡りかカラオケだ。
だけど人に迷惑かけることや、明らかな犯罪行為はしなかった。
……でもその日は、状況が違った。
あの日俺は、紘一、幸男と三人の仲間でつるんでた。
三人ともバイト先で人妻に手をだしたり、店長殴ったり、客と喧嘩したりと問題起こして全員無職、まさに屑集団だった。
ちなみに俺だけは、実家がまあまあ裕福だったから少しばかり余裕があって、その日も仕送りの中から千円を紘一に貸していた。
その日は、とても晴れた気持ちのいい八月の夜。
山間だから湿気もないし、風もほとんどなくて、夜遊びにはもってこいの日だったのは覚えている。
三人で心霊スポットで有名な車で三十分くらいの寂れた神社に行った。鳥居の前に車乗り付けて。
そこは毎晩夜中に丑の刻参りが行われてるとか、気が狂った女がそこで誰の子か分からない子供を産み落としてその場で殺して喰ったとか、昔処刑場だったとか……
いろんなうわさがあり過ぎて、全部疑わしかった。
でも行ってみると謎の染みのついた鳥居とか、何十年もの前から使っているであろうさい銭箱とか、ミイラにしか見えない木造のご神体とか……
雰囲気が怖すぎて、うわさは全部ほんとじゃないかって思える程の場所だった。
そこに男三人、午前三時……
虫の声。鳥の声。木々のざわめき。闇。闇。闇。月夜に浮かぶ鳥居……怖い。
怖いけど、まあ県内の心霊スポット行きまくった俺たちは五分もしたら慣れて調子に乗り始めた。
で、全体を散策してたんだが、さい銭箱のあたりを見ていた紘一が言う。
「これ、鍵壊せねぇか?」
俺と幸男がさい銭箱の後ろを見てみたら、普通の引き出しのようになっていて、簡単な南京錠がついていただけ。
百円ショップで買ったような安っぽい南京錠が五年くらい風雨にさらされたような感じ。
普段はこういうところ来ても、さい銭泥棒なんてしないんだが、その時は全員無職で貯金なしだから、『やっちゃおうぜ』って感じで三人顔を見合わせ、こくりと頷きあった。
酒の勢いもあって、俺と幸男がさい銭箱の表、いつも見てる方のふちをつかんで、紘一は裏の南京錠だけをつかんで、「せーの!」で綱引き。
『バキッ!』
乾いた音がして俺と幸男は吹っ飛んだ。
見てみると鍵じゃなくて、止め金とさい銭箱の木の部分の繋がってる部分が割れていた。
「いくらはいってるかな~?久しぶりにフウゾク行きてえなぁ」
なんてことを言いながら、三人で引き出し見てみると、くしゃくしゃの千円札一枚と小銭が五枚くらい。
紘一「これしかねぇのかよ」
幸男「すくな!しょぼい神様だなヲイい」
俺「逆に千円入ってたのがすごいわ、だれが入れるんだ?こんなボロいところに」
なんて言いながら、みんなでさい銭箱にツバはいたりと、罰当たりなことをしていた。
紘一が、「まあしょうがねえわ。これで牛丼でも喰おうぜ」なんて言いながら、そのお金を財布に入れた。
……その時。
それまで風一つない夏の終わりのさわやかな雰囲気だったのに、突然『ゴオオオッ!』と、突風が吹いたんだ。
神社の周りの木が全部『バサバサバサアァ!』と揺れだし、カラスのような鳥がいっせいに飛び立った。
これには三人とも『ビクっ!』と度肝を抜かれ、お互いの顔を見合わせた。
一気に酔いも覚めてしまい今までのハイテンションがどこかへぶっ飛んでしまった。
もう目ぼしいモンもないし、帰るか……という雰囲気になって、皆で帰ることになった。
そこからが、おかしい。
まずエンジンが掛からない。三分位してやっとかかったのだが、掛かるまでの間、車内の温度がおかしい。
……熱いんだ。それも全員熱い場所が違う。
運転席の紘一は、左の頬がすごく熱い。
助手席の幸男は右の頬がすごく熱い。
助手席の後ろの俺は右の頬と、前の座席の肩の部分に乗せてる右手のひじから先が熱かった。
最初は虫にでも喰われたかな?って思ってたんだが、車で走り出してからその熱さがどんどんひどくなって、しまいには痛くなってきた。
俺と幸男は、「痛い痛い」とか、「かゆい!」とか騒いでいたんだが、五分くらい走ったところで、俺と幸男の熱さが急に消えた。
「……ん……?」
俺と幸男は顔を見合わせて、「あれ?」「気のせいだったかな?」とか言ってたんだけど、その時!
「痛いいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!」と、紘一が喚きだした。
俺と幸男が「どこが?」と間抜けな声で聞きながら紘一を見た。
そしたら、運転しててこっちをちらっとしか見れない紘一の顔の左頬に、真っ赤な、真っ赤な手形が浮かび上がった。
思いっきりビンタされたあとに残った手形……あれのもっとひどい感じ。
俺と幸男はドン引き。
「おおま、そ、それ……あわ、あうあぅあ……」
あまりにおぞましい顔に恐れおののいて、狭い車内でなるべく紘一から離れる感じで震えてしまった。
「痛いいいぃ!てかお前ら、俺の顔の左側どうなってる!?」
紘一はそう言いながら、左目を閉じたまま右目だけで運転していた。
幸男も俺も、なにも言えなくて、あわあわしてたら、紘一の左頬の手形の部分から、血がにじみはじめた。
よく玉のような汗っていうけど、あの血バージョン。
少し、小さい手の形の血が滴る……
俺も幸男も、錯乱して、「車、止めろ!!!」と叫ぶと、減速しだした。
と同時に、幸男が飛び降りた。
パニックになった俺も、3秒位してから時速10Km程度車から飛び降りた。
……足をくじいた。
だが、舗装されてない道だったから、まだよかった。
10メートルくらい走って、車は止まった。
ハンドルを握ったまま紘一が振り向いた。
運転席には紘一に絡みつくように、肩くらいの髪の40代くらいの女がいた。
女は紘一の顔の血の手形の形そのままに、紘一の頬に手を添えていた。
女の視線の先は、ずーっと紘一だけだった。
紘一は泣きそうな表情のまま、こちらを向いたまま、なぜか車を発進させた。
そしてそのまま国道に出て、消えた。
俺と幸男はタクシーを拾ってファミレスに行き、何回も紘一の携帯にかけたが、ずっと通話中で繋がらなかった。
次の日、紘一は150km先の隣県の高速道路で、中央分離帯にぶつかって死んでいたらしい。
俺たちは葬式には呼ばれなかった。
後で聞いた話だが、紘一が死ぬ前に弟に電話をかけていたらしい。
内容は支離滅裂だが、
「女がアクセルを踏む」
「なでられると血が出る」
「最初女は後部座席の真ん中に座って、身を乗り出していた。そのあと自分だけがつかまれた」
……などといって、一方的に切れたらしい。
その後の警察の調べで、紘一の財布からはピン札の千円札しか出てこなかった。
以上です。
身ばれ防止の為、人名は仮名で内容もオブラートにつつんでいますが、間違いなくすべて自分の経験した実話です。
あの時、自分の財布に盗んだお金を入れていたら……
(了)