近所に、約二十年ほど前から不思議な噂の絶えないテナントがある。
国道沿いに面し、大きな駐車場まで備えている好立地。見た目も悪くない。
それなのに、どんな店が入っても一年以内に潰れてしまうのだ。
あるときは人気のファミリーレストラン、またあるときはラーメンチェーン。
どんなに繁盛していそうでも、いつの間にか閉店してしまう。
地元では「呪われた場所」とまで言われている。
そんな曰く付きの場所で、家族で食事をしたのは初夏の夜のことだった。
その店はごく普通の和食チェーン店で、四人掛けのボックス席が並ぶ。
どことなく閉鎖的で、薄暗い内装は過去の店と似通っている。
なぜか、店内には他に客がいない。広い空間に、静寂だけが漂っていた。
食事を終え、一息ついたとき、妻が突然言った。
「今、そこを何かが通った」
冗談だと思った。いや、冗談であってほしかった。
「人影でも見間違えたんじゃない?」と軽く流そうとしたが、
妻の顔は真剣そのものだ。
妻には昔から霊感がある。
おれの実家に行ったときも、「ベランダに知らないおじいさんがいる」と言い、
後から亡くなった祖父だと判明したことがあった。
だから、今回も軽く流せなかった。
「何が見えたの?」と尋ねると、妻は静かに答えた。
「羽の生えた小さいおっさん」
正直、信じられなかった。
だが、妻は気味悪そうに「早くここを出よう」と繰り返す。
その場を取り繕いながらも、心の中では妙な不安が膨らんでいった。
トイレに行ったとき、それは決定的になった。
トイレの扉に描かれた青いシルエットの男性マーク。
その無機質な絵が、なぜか動き出しそうな気配を感じたのだ。
気のせいだと自分に言い聞かせ、個室に入ったが、
便器の前に立った瞬間、背筋を刺すような視線を感じた。
見渡しても誰もいない。それなのに「ここにいたくない」と思わされた。
まるで空間そのものが、おれを拒んでいるかのようだった。
店を出るとき、妻は振り返らなかった。
車に乗り込むと、彼女はぽつりと呟いた。
「たぶん、あの場所には『何か』が住んでいる」
あの店はほどなくして閉店した。そして最近、新しいテナントが入ったらしい。
だが、家族全員の結論は変わらない。
「あそこには二度と行かない」
聞けば、この場所では昔、大きな事故があったらしい。
立ち退きに応じなかった住人が命を落としたという話もある。
真相はわからない。だが、妻が見たという「羽の生えた小さいおっさん」が、
あの空間の異様さと何か関係があるのだとしたら――。
それ以上考えるのは、やめておこう。
[出典:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1424981423/]