石じじいの話です。
219 :名無し百物語:2022/10/20(木) 17:35:49.70 ID:1tsWCcXK.net
皆さんは、ゲートルを巻くことができますか?子供の頃にじじいに教わったので、僕は今でも巻くことができます。
今でも、ちょっとした山歩きをするときに巻いたりします。
戦後まもなく、石探しをはじめたころ、じじいはある山に登りました。
その山の麓の役場で、植物採集のために山に登る学校の教師と仕事で入山する営林署の職員と知り合いました。
お互いの目的地が近くだったこともあり、三人は、途中まで一緒に登ろうということになりました。
二人は、何度かこの山に登っており、その山が初めてだったじじいは、彼らから情報を得ることができたそうです。
三人は、お互いの身の上や時局の話題について話しながら楽しく山を登りました。
他の二人は、いずれも戦争中、兵隊にとられており、一人は南方から、もうひとりは北支から復員してきた人だったそうです。
じじいは、朝鮮にいて直接の戦闘には加わらなかったのですが、他の二人の経験は激烈なものでした。
多くの朝鮮人も軍属として徴用され戦闘に参加して、戦死した人が多かったとも。
なんだか湿っぽい話になって、三人はだまって山道を登っていると、急に近くから歌声が聞こえてきました。
その声はどんどん近づいてきます。
「ここはお国を何百里・離れてとおほき満州の・赤い夕陽にてらされて・友は野末の石の下……」
左手の森から、一人の男性が歌いながら出てきました。痩せた人で真っ白なゲートルを巻いていました。
それが目に焼き付いたそうです。
とても上手な歌でした。
「思へばかなし昨日まで・まつさきかけて突進し・敵をさんざん懲らしたる・勇士はここに眠れるか」
歌は朗々と続きます。
歌い手は、じじいたちには振り向きもせず、山道を先に登り続けました。
「思ひもよらぬ我一人・不思議に命ながらへて・赤い夕陽の満州に・友のつかあな掘らうとは」
歌い手は、急に右手に折れて、森の中に消えていったそうです。
なんの音もたてずに。
先頭にいたじじいが、二人を振り返ると、二人は泣いていました。
じじいも泣いていました。
じじいたちは、彼の後を見やりましたが、もうどこにも彼の姿はなかったそうです。
その後、ジジイたちは、山中で三々五々別れていきました。
じじいは一人になって、あの歌い手は本当にいたのだろうか?と考えたそうです。
「空しく冷えて魂は・故鄕へ帰ったポケットに・時計ばかりがコチコチと・動いているもなさけなや」