これは、私が高校一年生だった頃に経験した出来事だ。
高校受験の当日、40℃を超える高熱を出してしまった私は、公立高校の試験を受けられなかった。その結果、塾の先生の勧めで私立高校に進学することになったのだが、そこで生涯の恩師とも呼べる人物に出会うことになる。
その英語の先生は隣のクラスの担任を兼任していた。彼女はいつも端正なメイクに品のあるスーツを着こなした、働く女性の理想像のような人だった。明るくてはきはきした性格で、宿題を忘れた生徒には厳しく叱る一方、努力はしっかりと認めてくれる。そんな先生の姿に惹かれ、私は英語が好きになり、それを活かした仕事をしたいと思うようになった。
彼女の厳しさと愛情に満ちた指導のおかげで、私は高校生活を存分に楽しむことができた。部活動に励み、友人にも恵まれ、文化祭の季節が訪れた頃には学校生活が充実していた。文化祭は学校全体で大きな行事で、各クラスが催しの内容を競い合い、優勝したクラスには賞金が与えられる仕組みだった。
私たちのクラスは「占いカフェ」を企画した。飲み物やスイーツを注文すると占いが付いてくるという内容だ。私はタロット占いを担当する午後班で、午前中は文化祭を自由に楽しみ、午後はクラスの店で占いをしていた。
そんなある日、英語の先生が私の担任と一緒に店に訪れ、占ってほしいと言った。担任は恋愛運、英語の先生は一年間の運勢を依頼してきた。担任の占いを終え、英語の先生の運勢を占おうとしたとき、シャッフル中に1枚のカードが床に落ちた。それは「死神」のカードだった。
不吉な予感に震えながらも占いを続けると、再び「死神」のカードが現れた。冷や汗をかきながらも、先生は穏やかに微笑み、「大丈夫よ」と優しく声をかけてくれた。しかし、その数日後から、先生の様子が変わり始めた。明るかった表情は失われ、次第に疲れが顔に現れるようになった。そして、ついには学校に来なくなってしまった。
数ヶ月後、先生が病死したとの知らせが届いた。末期の癌を患いながらも私たちのために笑顔で指導してくれていたことを知り、胸が締め付けられる思いだった。お葬式の前夜、私は友人とともに先生を偲びながら過ごしていたが、その夜、異様な出来事が起こった。
深夜、窓を叩く音が響き渡り、恐怖に怯えながら窓を見上げると、そこには髪を振り乱し、蒼白な顔でこちらを見つめる先生の姿があったのだ。翌日、葬儀場で目にした先生の姿は、あの夜の光景と重なっていた。
その後、友人が遺書を残して命を絶ち、そこには先生に対する悪質な嫌がらせの記録が綴られていた。先生が亡くなった原因の一端を担った事実が明らかになり、学校は大きく揺れた。
今でも私は、先生のお墓参りを欠かしていない。たとえどんな最期を迎えたとしても、彼女が私の恩師であった事実に変わりはないからだ。
(了)
[出典:74 :夕紅 ◆e/DkDKVoCg :2015/03/08(日) 00:04:44.68 ID:3kO/LByP0.net]