短編 洒落にならない怖い話

施餓鬼【ゆっくり朗読】914

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その年の瀬戸内は大変暖かくて、3月にはもう桜が咲き始めていた。

545 :施餓鬼1/4:2006/06/04(日) 03:21:22 ID:vECE7QZ50

後輩曰く、「この時期に既に桜が満開の穴場がある」とか抜かすので、お花見をする事となった。

ちょっと山手に上がった所だが、見事な枝垂れ桜が満開だった。
席は大いに盛り上がり、私は下戸のくせに大いに飲み大いに食べた。
酔っ払ってて覚えてないが、いろいろ変な事口走ったらしい。
挙句、上半身裸で寝てしまったらしい。覚えてないが。
例年より暖かいとはいえ3月、案の定風邪を引いてしまった。
滅多に風邪引かない分、いざ引くと往々にしてロクな事が無い。
そんな感じの話。

熱で頭がボーッとする。

食欲なんて無いハズなのに、無性に米の飯を食べたくなった。
始めはお粥など炊いたりしていたが、面倒になって、炊いたご飯を炊飯器から直接食べ始め……
終いに「もう炊くのも面倒だ」と、私は生の米をそのままバリバリ食いだした。
自分のやってる事が理解できなかった。
いくら食べても胃が空っぽな気がした。

この辺から意識が飛び始め、自分の行動が曖昧になるのだが――
たしか、レトルトカレーのルーを袋ごと啜ったり、乾麺を生で齧ったりしてたようだ。
まったく自分のやってる事が理解できない。
普段から2週間分の食料は置いてあるが、それをおよそ4日で食い尽くしてしまった。
自慢じゃないが、私の体重は56kg。普通はこんなに食えるハズはない。
食っても食ってもお腹は減り続ける。

「ひもじい」
空腹と倦怠感が全身を襲う。
空っぽの冷蔵庫の前で茫然自失となる。買出しに行こうにも体力の限界だった。
ふと脳裏に、『死』の1文字が浮ぶ。
こんなんで死んだら恥だな――と考えてた矢先、電話が鳴った。
「悪質な風邪なので3日くらい休む」と研究室には言っておいたが、例の友人からだった。
『もしもしー♪』
1オクターブ高い声。
『治った?大丈夫?お見舞い行こうか?』
ありきたりな事を聞いてくる。
私はもはや、「あー」だの「うー」だのしか返事できなかった。
ただ事ではないと思ったのだろう。
『あー待ってち。今から行くけぇ』と言って切れる。(助かった……かな)

今考えると、死にそうになるもっと前に、初めから電話で助け呼べば良かったのだが、
脳に栄養が回ってなかったのだ。仕方がない。

数分後、外で友人のバイクの爆音が聞こえる。

それまでは、水を飲んで仰向けになって凌いでいた。
ドアは――3日前から開けっ放しだった。
台所まで入ってきた友人は、私を一瞥して噴き出した。「ブッ」って
二言目には「うわぁ、初めて見た」と、嬉しげに言い放った。

彼女曰く、「餓鬼の類」だという。私の身体にまとわり憑いて、腹部をガジガジ齧ってたそうだ。
電話の向こうで、私の声じゃない『ひもじい、ひもじい』って声が聞こえて、
ヤバいなと思って、あわてて来たらしい。

すぐに友人は誰かに電話をし始めた。
「あ、もしもし――木村の婆っちゃー?」
「んー元気。あーこの間はありがと――」
死にかけの人間放置して世間話か?
「んーでね、たぶん、スイゴやと思う。あ、ウチやなくて友達」
「いや、わからん、後で聞く――」
「――あ、炭?分かった。ありがとうー」

電話を切った友人は、ガスコンロに向かって何かし始めた。
料理でも作ってくれるのだろうか、凄くコゲ臭い。

「コレでいいかな」
友人がグラスに注いで持ってきたのは、煮え湯だった。
しかも、何か灰色い粉末がプカプカ浮いている。
コレを「目ぇ閉じて鼻摘んで飲み干せ」と言う。
一口飲むと、熱さで舌が焼かれる。炭の苦さと塩辛さが口内に広がる。
「何コレ?」
「塩水」
「は?」
「良いけぇ飲みぃ。ヘソから出るけん」
こんなモン飲んでたまるかと抵抗したが、鼻を摘まれ大口開けさせられ流し込まれた。

暫くして、身体から倦怠感が抜け、楽になる。

友人が「立てる?」と聞いてきた。
どうやらもう大丈夫のようだ。
立つと同時に「ぐ~~~」と、盛大に腹の音が鳴る。
友人は苦笑しながら「何か作るわ」と、米びつの底に僅かに残った米でお粥を作ってくれたが、
結局、なんにも味はしなかった。煮え湯で舌が焼けていたから。

大事を取って病院に行ったところ、栄養失調との事だった。あれだけ食ったのにだ。

点滴受けながら友人に聞かれた。
「何か思い当たるフシない?」
「~~~で花見した」
「3月に?○○寺の下やろ。あそこは7月に施餓鬼する所や。
(『施餓鬼』=地獄の餓鬼の為に施しをしてやる、鎮魂際みたいなモノ)
飲み食いした?」
「たらふく食って裸で寝た」
「バカか。
知らん?『施餓鬼の前にお祭りすっと餓鬼が憑く』って」
「知らん。初めて聞いた」
「あー、ウチの地元だけなんかな?
まぁ、お前を供物だと思ったんだろうサね。腹に食い物の詰まった」

……

「ねぇ、さっき俺に何飲ましたん?」
「塩水に注連縄(しめなわ)焼いた灰ぶち込んだモノ」
何だそりゃ。
「ウチの地元では割とポピュラーなんだけど……」
「知らん。初めて飲んだ」
まぁいいや……

私が、「今度ばかりは本当に死を覚悟したよ」と言うと、
友人はうなずいて、「とっておきの良い名言がある」と言った。
「『死を恐れるな。死はいつもそばに居る。
恐れを見せた時、それは光よりも速く飛びかかって来るだろう。
恐れなければ、それはただ、優しく見守っているだけだ』って」
「……それ、聞いたことあるぞ。アニメのセリフじゃねぇか」

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