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幻の葬列と赤い薔薇

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私は子供の頃、祖父からよく不思議な話を聞かされた。
祖父は戦前のドイツで育ち、その時代の記憶をたくさん持っていた。特にある雨の日に起こった出来事は、私の心に深く刻まれている。

雨の日に鐘の音が聞こえた

祖父がまだ若い頃、ある雨の日に傘をさして歩いていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。やがて彼は葬列に出会った。その葬列は教会に向かって進んでおり、参加者全員が白い薔薇の花を持っていた。祖父は、教会で花が用意されていないのかと不思議に思ったが、もっと奇妙なことに気付いた。列の中に、見覚えのある人々がたくさんいたのだ。しかし、誰も彼に気付いていないようで、色彩も霧に霞んだように曖昧だった。

歴史的には、白い薔薇は純粋さや無垢、そして新たな始まりを象徴する。ドイツの葬儀で白い薔薇が使われることは珍しくなく、特に敬愛された人々への弔意を表すことが多かった。しかし、祖父が見たこの葬列は、まるで夢の中の出来事のようだった。

真っ赤な薔薇と忘れられた妻

祖父はその場を離れようとし、傘の持ち手を短く握り直した。その時、彼の手にも一輪の薔薇が握られていることに気付いた。しかも、それは他の白い薔薇とは異なり、真っ赤な薔薇だった。その瞬間、彼は見知らぬ妻の存在を思い出した。彼女との幼少期の思い出や、恋に落ちた時の喜び、不安、そして結婚式の歓声。彼女が事故で亡くなった日の朝の姿までが鮮明に蘇った。

この記憶は、実際には存在しないはずのものであった。しかし、祖父はその場で声を上げて泣きたくなるほどの悲しみを感じた。次の瞬間、馬車が道を走る音が聞こえ、祖父はいつもの散歩道に戻っていた。彼は妻を失うどころか、恋人もいない独り身だったのだ。

再び現れることのない幻の葬列

その後、祖父は雨の日に鐘の音が聞こえると、再びあの葬列に出会うことを期待して傘を持って彷徨い歩いた。しかし、再びその光景を見ることはなかった。彼は、自分が紛れ込んだ奇妙な世界の記憶があまりにも幸福だったと語り、その記憶を胸に独身のまま亡くなった。

私たちの血族では、雨の日に真っ黒な大きな傘をさすことは避けるべきとされている。これは、祖父の話を通じて伝えられた戒めだ。黒い傘は不吉な出来事を招くと信じられており、特に祖父のように奇妙な体験をした者にとっては、その戒めは深く心に刻まれていた。

後日談

祖父が亡くなって数年後、私はある雨の日に祖父の記憶をたどって彼の散歩道を歩いていた。黒い傘を持たないようにしていたが、ふとした瞬間に奇妙な既視感を覚えた。遠くから鐘の音が聞こえてきたのだ。

その音に導かれるように歩いていると、やはり葬列に出会った。祖父が話していたのと同じように、皆が白い薔薇を持っていた。しかし、私の手には何も持たれていなかった。不思議に思いながらも列に近づいていくと、参加者の一人が私に気付いたように振り向いた。

その人は、祖父の顔をしていた。私と目が合うと、彼は微笑んで一輪の白い薔薇を差し出してきた。私はそれを受け取り、彼に尋ねた。「これは何のための葬列なのですか?」 祖父は静かに答えた。「これは、私たちが忘れ去ってしまった大切な記憶のためのものだよ。」

その言葉に、私は何か大切なことを思い出したような気がした。祖父の話はただの幻想ではなく、何か深い意味を持っているのかもしれないと感じた。葬列が過ぎ去ると、再び周囲の風景が変わり、私は現実の世界に戻っていた。しかし、手に残った白い薔薇は消えることなく、祖父の言葉が心に深く刻まれた。

その後、私は雨の日に鐘の音を聞くたびに、祖父の話を思い出し、自分自身の記憶と向き合うようになった。祖父の体験は、私たちが見過ごしてしまう大切な何かを思い出させるためのものだったのかもしれない。

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