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■怨念に魂を奪われし者の味わう最期の一口

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知人から聞いた話だが、その家は餅をおけないという特異な家柄だった。

むかしむかし、その家に代々伝わる因習があった。つきたての餅を家に置いておくと、お化けが現れて盗み食いにくるのだと。そのお化けは、つきたての餅が大のお気に入りで、人知れず餅を貪り食うがゆえに、家族は正月のお餅を長く楽しめなかった。

だが、餅は食する者にとって極上の味わいを持つ。特にあの、蒸されたてほやほやの餅が、きな粉や薄口しょうゆに浸され、ねっとりとして口の中でとろける味は、何物にも代え難い至高の味であった。まさに極楽の滋味といえよう。

そのためか、家族は完全に餅を絶つわけにもいかず、つきたてを小分けにして袋に密閉するのが恒例となっていた。祖父が機を回し、つきたての餅をそれぞれの袋に小出しにして封じ込めるのだ。「きっと、お化けがその匂いには気づかないだろう」との期待を胸に。そうすれば、餅は少しずつ、長く楽しめるはずである。

この話は、その家の系譜に連なる者の一人から聞いた。

彼が語るところによれば、子供のころの正月は、家族の絆を感じさせる思い出深いものだったという。袋から切れ端を少しずつ出して、餅をつまみ食いしながら、家族といるひとときは何物にも代えがたい至福の時間だったそうだ。

しかし、餅はつきたてほどの美味さではない。その家の因習に則り、餅は切って小分けにせねばならない。ある正月の日のこと、彼は贅沢を言って、袋から出されたつきたての丸餅を祖父からわけてもらった。甘いきな粉につけて、ごくりと喉を鳴らして味わおうと思ったそのとき、インターホンが鳴り渡った。

餅は消えていた。

「そりゃ泣いたよ。餅がなくなってるんだもん」と彼は言う。家族の絆を感じる思い出の味が、一瞬にしてかすんでしまった。大声を上げて泣き叫んだそうだ。祖父も驚き、祖母は戸惑いの色を見せた。そして姉は「アンタほっぺとかお腹とか、おもちみたいだし。間違って盗られちゃうかもね」と言い放ったそうだ。その言葉に、彼はさらに大粒の涙を流したのだという。

その出来事から年月が経った今でも、彼はきな粉をつけた餅の味を求めている。「餅は食えなかったのか?」と聞かれれば、「いや、じいちゃんがもうひとつ餅をくれて、それを泣きながら食べた」と答えるが、その味は全くの捨て餅であったことだろう。お化けにそっと汚れた記憶に、そこには祝福があったのだろうか。

後日談

その出来事から20年が経った。彼は今や家族を持ち、子供ももうすぐ大学生になろうという年頃である。

長年の疑問に、彼は答えが欲しかった。実家の母親に正月の餅を訊ねてみると、母親は戸惑いを隠せない様子だった。

「あのときの餅は、あんたが食べたんじゃないの?」
母は口を濁した。泣きじゃくるわが子に、そう言い聞かせただけの出来事だったようだ。だが、確かに何者かが餅を食らった。一睡もせず長らえた母の戸惑いと哀しみの表情。それ以上の答えは得られなかった。

その事実を知った彼は、自分の部屋に籠り、カレンダーを調べ始めた。この20年間の正月を徹底的に検証したのである。そこで気づいたことがあった。餅を食らった年の翌年から、母の気分が年々塞ぎやすくなっていく。そして、その母の気分と連動して、自身の恐ろしい体験談が頭をもたげてくるのだ。

事の発端を振り返ると、原因は明らかだった。あの年の正月、家族はつきたての餅を密かに口にしていた。それを知ったお化けは、母親の心に憑り、母を呪縛の憑代に選んだのだ。お化けは母を傀儡のように操り、わが子に泣かせた記憶を植え付けたのだという恐ろしい事実が見え隠れする。お化けは家族の記憶と思い出を塗り替え、怨霊となって今も家系に滞まり続けているのだ。

恐怖に怯える彼は、年に一度、自身の子供たちに語り聞かせている。「餅は決して家に置くな」と。それは呪縛から家族を守る手立てなのだという。

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