短編 怪談

三木大雲『修行時代の怖い話』【ゆっくり朗読】1000

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これはね、私が修行時代の話なんですけれども。

あの、私が修行してたのは、関東の、とある場所なんです。
この関東のとある場所で4年間修業をしてたんですね。

どんな修行をしてましたかって言うと、寮に入って、お経の読み方、筆の使い方、声明の仕方とか、色んなものをこの4年間で習う訳です。朝4時半に起きましてね。水を被って、掃除をして、先輩がまだいるときには先輩の世話までして。お風呂に入るときには先輩の背中を流したりっていう…
まぁ、正直、私にとってはすごく厳しい修行だったんですよ。この、すごく厳しい修行の中にいると、時折、こう、精神が病んでくるんですよね、修行とはいえね。

ああ、しんどいなぁ、って思ってると、その私が修行させていただいてた寮の近くに“アフリカケンネル”っていう、まぁ、ペット屋さん、みたいなのがあるんですよ。そこへ行きますとね、私は犬が大好きで、“アフリカ・マラミュート”っていう大きな犬がいるんですけども、その犬が居るんですよ。で、ゲージにちょっと入らせていただいたりして、頭を撫ぜたりしてね。それがちょっと私、修行の息抜きになっていたんです。
そこの方たちとも仲良く段々となっていきましてね。

あるとき私が、またちょっと息抜きに寄せていただきましたら、その日はちょうどね、社長さんが来られてたんです。
関東で修業してますから、その社長さんとお会いした時に、すぐ分かった。
「おお、お前犬好きなんか?」
関西弁なんですよ。
ああ、なんか懐かしいなと思いながら、「あの、関西の方ですか、」ってお聞きしたら、「おお、せやねんせやねん、おお、なんや、お前も関西か」と、これでだんだん仲良くなっていきましてね。

「社長さんと、こうなんか久しぶりに関西弁聞けて良かったです。私ちょっと修業を近くでしてまして、お坊さんの修行をしてて。たまに、ちょっとここ気休めに寄せていただいてるんですよ」
「そうかそうか、いつでもおいでや、そうかそうか、修行厳しいもんな」
そう言いながらね、コーヒー缶を並べはるんですよ、机の上にね。
「好きなコーヒー、飲んでええから。1本、飲みぃ」、そうおっしゃって下さる。
「ありがとうございます」
見ると、銘柄、全部一緒なんですよ。
熱い冷たいがあるのかな、と思って、ちょっと全部触ってみるんですけども、別にそれもないんですね。
じゃ、一本いただきます、ということでコーヒーを飲んで、ごちそうさまでした、と。

「おお、お前、もしあれやったらさ、15分間くらい、ちょっとウチへ毎週喋りに来いよ、週に一回でいいから。そのついでにちょっと犬の散歩行ってくれへんか。そしたら月に15万やる」っておっしゃるんですよ。
「ええ!週に一回、ちょっと喋りに来て、犬の散歩ちょっと15分ほどして、それで一月15万頂けるんですか」
「おお、ええよええよ」
そうおっしゃってくださったんで、「私、修行してる寮に戻って、この寮監先生っていう先生が居られるので、その方の許可が頂ければ、ぜひとも私ここでバイトさせてください」ということで、私、寮に戻りまして、寮監先生にこの話をした。
そしたら寮監先生がね、
「お前は本当に情けない。修行中に気休めなんていらん、ましてやお金を稼ごうなど…欲を捨てるための修行をしてるのに何をやってるんや」と、ひどく怒られましてね。
で反省文を書け、と言われることになって。反省文を書いて、その日の夜に発表させられる訳です。アフリカケンネルでアルバイトの誘いがあったんですけども…みたいなことをね。欲に駆られて申し訳ありませんでした、みたいな文章を書いて。

で、次の日、もう一度アフリカケンネル行きまして。社長さんに謝らなくちゃいけない。
「社長さん、すいません。実は、昨日のお話なんですけども…寮監先生の許可が頂けませんで…」
「ああ、そうかそうか。そら、お坊さんなるための修行大変やもんな。うん、そら、ええよええよ、別に。他の奴探すから」と言って、また缶コーヒー何本か並べられる。
「好きなん、取れよ」
「ああ、じゃぁ、すんません、いただきます」
幾つか触るんですけども、やっぱり全部常温なんですよ。
じゃ、これいただきます、と飲んで。
「そかそか、お前、神仏信じてんのか」とおっしゃるんで、
「はい、それで、信じてるので修行してる訳ですけど」って言ったら、
「あは、そらそやなぁ…まぁ、またな、気休め、時間あったら、いつでも来てくれ。じゃぁ頑張って修行しろよ」と言って、その日別れたんですね。

それから、私もそのアフリカケンネルに、あまり息抜きで行くのもいけないことなのかな、と思って、あまり行かなかったんですけども。
まぁ、月日が経って、修行が終わる日、もう来月には私が修行終わって京都に帰る、そのときにこの最後のあいさつにアフリカケンネルへ行ったんですよ。
あの犬たちにもね、お別れを言って。ありがとうね、今まで修行辛いときにお前たちがいてくれたから頑張れたよ、なんて言って、犬に頭を下げて。
すると社長さんが居られて。
「おお、久しぶりやな、お前。どうした、もう修行終わるんか?」
「そうなんです、実はもうこれで京都へ帰るんです」
「おお、そかそかそか、ほな最後にお前コーヒーでも飲んでけよ」と言って、また何個かのコーヒーを並べられる、いつものように。
1本取って、ありがとうございます、と。
飲んで、私はその後、京都へ帰ったわけです。

京都へ帰ってしばらくしますと、
テレビニュースにその社長さんが出ておられるんですよ。
(あれ、この社長さん何かあったんかな?)
よく見ると、『愛犬家連続殺人事件』の犯人なんです。
捕まってるんですよ。

で、この『愛犬家連続殺人事件』の、この犯人なんですけども、
実は私の先輩が、“教誨師”って言いまして、捕まった犯人と、一緒に罪滅ぼしのためにお経を読まないか、とかっていう話をしに行く仕事があるんです。
その教誨師の仕事で、私の先輩が行かれたときに聞かれた話なんですけど。
その犯人ね、殺すための条件が幾つかある。
ひとつに金が目的でないこと、ひとつに何々、ひとつに何々…
つ~っと指折り数えていく。
一番最後に、運が悪いやつは俺殺すんや、って、そうおっしゃったそうなんですよ。

「運が悪いやつって、どういうことですか」

「あんたお坊さんやから言うたげるわ。
昔なぁ、ひとりの修行僧が、うちの、アフリカケンネルに来よった。
毒入りのコーヒーを出した。
1本だけ、毒のないもんを置いた。
そいつ、3回とも、毒なしのコーヒー引いて、飲んどった。
ひょっとしたら、神仏は居るんかもしれんなぁ」
そう言って、笑ったそうなんです。

これ後に映画になりまして、『冷たい熱帯魚』という題で映画化されております。
もしよければ皆さん見ていただけたらと思います。

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