第1話:スイカ
地名はハッキリしませんが、北アルプスのなんとかという山で……
そこは標高の高い所で、万年雪というか、切り立った斜面一面に氷が張ってしまって、ツルツルになっていて。
靴にアイゼンというノコギリの歯の様な物を付けなくては一歩も登れないということです。
万が一にも足を踏み外すと、何百メートルも斜面を、一番下に待ち構えている岩場まで、止まることなく真っ逆さまに滑り落ちてしまうそうなのです。
人間の体は、頭が重いので、滑る落ちて行く間に必然的に頭が下を向いてしまいます。
最後に岩場に強打し、まるでスイカ割りの西瓜の様に『パカッ!』っと弾けてしまうそうです。
その死体はそこの山男達の間では『すいか』と呼ばれているそうです。
丁度水死体が『ドザエモン』と呼ばれているように……
山で遭難したりして亡くなった方々の死体というものは、探し当てられた時には、死亡の確認が行われるだけで、麓まで下ろすのは非常に労力が必要とされますので、なかなか運ばれずに、多くの場合は上からムシロを掛けるだけになってしまうんだそうです。
この話を語ってくれた友人は大学時代、山岳部に入っていました。
いわゆる山男ですが、この話は、まだ入部して間もない頃にナントカ岳に登った時の話だそうです。
一行は縦に連なって山を登っていました。
こういった時、登山のルールとして、一番後ろには一番のベテラン、一番前にはそれと同じくらいのベテランが付くそうです。
この時彼はまだ経験も浅く、縦隊の前から二人目にいたそうです。
例の氷壁にさしかかった所で、下を覗くと遥か目の下のほうに盛り上がっているムシロが見えます……
前もって先輩から話を聞いていた彼は
「あぁ……あれがスイカか。まいったなぁ、イヤなもん見た……」
と思ったそうです。
しかしながらまぁ、遥か下に見えるだけだし、なにしろまだ初心者の域を出ていない彼にとって前に進むことが大変なことであり、そちらに夢中になって、すぐにその事は忘れてしまったのです。
一行中に彼が加わっていたせいか、山小屋に到着出来ずに夕方になってしまいました。
しかしながら、難所は超えており、山小屋はもうすぐの所まで来ていたので、そう焦ることもなく、道とも言えないような道をゆっくりと進んでいました。
息を荒くしながら彼がふと見上げたその先に、下山してくる別の一団の姿が見えました。
彼は思ったのです。
あ、降りていく人達か……
あれ?それはおかしいなあ。
そうなのです、夕方に、山小屋に近い位の所から降りていく訳がないのです。
夜になれば真っ暗になる。おかしいなあと思った瞬間!
前の先輩が、前方から来る一団に気が付いたらしく、突然体を強ばらせて立ち止まってしもうたのです。
一行は張り詰めた様にその場に固まってしまい、彼は慣れない状況にパニックになりました。
そして声を出して原因を尋ねることもせず、なぜか前方をジーっとものに憑かれたように見つめていたそうです。
前方からやってくる一団は、こうフワフワというか、ピョンピョンというか浮かんでいるような跳ねるような足取りで、山小屋までの一本道を真直ぐにこちらに向かって降りてくるのです。
もう20メートル程という所まで近づいてきたとき。
その一団がすべて、『スイカ』であることに彼は気が付きました。
さっきまでの言いしれぬ不安感が、一瞬にして恐怖感にかわりました。
それらは、パッカリと頭が割れて、真っ赤な血を流しながらふらつく足で近づいて来るのです。
とうとう、スイカの一団と先頭がぶつかったのです。
それらは、ゆっくりと先頭から、メンバーの連中の顔の前まで、自分の顔を持ってきて、じっくり覗き込んでは、次々と横を通りすぎていったそうです。
幾つスイカがいたのかは分かりません。
どうやら交差し終わったのか、金縛りのようなものがとけて、
「なんだったんだろう」と彼が後ろを振り向こうとしたその時!
「後ろをふりむくなぁーッ!!」
と一番後ろのベテランの先輩が大声で叫んだのです。
ビクッとして体が硬直し、動ける様になってからの一行は、一目散に山小屋を目指して走るように進み始めました。
山小屋について、早速、先輩にスイカの一団の、振り返るなと言われた理由を尋ねたのは言うまでもありません。
彼が聞いたのは、やはり、あれはここで亡くなった方々の霊の様なものであり、また一団が通りすぎた後に振り返ると、そのまま山を引きずり下ろされてあの世に行ってしまうという……
そんな言い伝えがあるとの事でした。
最後に付け加えておくことがあります。
登山家がこの一団に遭遇したという話は、ほぼ毎年のように聞かれますが、その遭遇する場所というのが、どうも少しづつ麓の町へと近づいているようなのです……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]