俺のおかんが、酔っ払ったときにだけ話す不思議な話がある。
実家に帰った夜、ウィスキーを飲みながら、ふと思い出したように語り出した。昔からおかんは、妙な話を淡々とする人間だった。怖がらせようとも、信じさせようともしていない。ただ「そういうことがあった」と言うだけだ。
その中でも、今でも耳に残っている話がある。おかんが大学生だった頃の話だ。
おかんは絵を描くのが好きで、大学では絵画サークルに入っていた。三年生の春、新入生歓迎の飲み会があり、騒がしい席を避けて一人で飲んでいたという。
そのとき、隣に座ってきた一年生の女がいた。
「宴会は苦手ですけど、お酒は好きなんです」
それだけで、気が合った。二人は静かに飲み続けた。女は二浪していて年も同じだった。ここでは、その女を民子と呼ぶ。
民子はウィスキーをロックで飲み続けていた。飲み方が危なっかしく、おかんが止めると、民子はぽつりと言った。
「私、水で死ぬんです」
冗談にしては声が低く、表情も変わらなかった。おかんが理由を聞くと、民子は少し間を置いて話し始めた。
中学時代、自分はいじめをしていたと。
転校してきた地味な女の子が、成績で民子を追い抜いた。それが気に食わず、仲間と一緒に無視や嫌がらせを続けた。ある日、その子の父親が亡くなった。学校を休んで戻ってきた彼女が、泣きもしないのが許せなかった。
冬のある日、民子たちは父親の墓を見つけ、荒らした。石に悪口を書き、石を投げた。そのとき、転校生が現れた。
泣きながら叫んだ声は、女の子のものとは思えないほど低かったという。
揉み合いになり、民子は彼女を突き飛ばした。転校生は墓石に頭を打って倒れた。逃げようとしたそのとき、彼女は立ち上がり、一人ずつ指を差した。
「お前は鉄で死ぬ」
「お前は火で死ぬ」
「お前は水で死ぬ」
それきり、いじめは終わった。
数年後、高校生になった民子に連絡が入った。「鉄で死ぬ」と言われた子が、事故で亡くなったという。少し後に、「火で死ぬ」と言われた子も死んだ。
民子はそれから、水を避けるようになった。風呂にも浸からず、泳ぎにも行かなかった。大学に入ってからも、その癖は変わらなかった。
「水で死ぬなんて、あり得ないのにね」
そう言って、民子はグラスを空にした。
それを聞いていたときだと、おかんは言う。民子の背後に、何かが立っていた。人の形をしているが、輪郭がはっきりしない影だった。話の途中から、ずっとそこにいた。
民子が席を立ったとき、影も一緒に消えた。
数ヵ月後、民子は死んだ。
死因について、おかんは詳しく話さなかった。ただ、知らせを聞いた瞬間、あの影を思い出したと言った。
「あの子、最初から連れてきてたのかもね」
そう言って、おかんはグラスに氷を足した。
今でも、その話を思い出すたびに考える。
民子は、何から逃げていたのか。
あの影は、何を待っていたのか。
そして、水とは何だったのか。
答えは、どれも聞いていない。
[出典:626 本当にあった怖い名無し New! 2014/01/16(木) 17:41:04.57 ID:XKpvVfzD0]