夜中に目が覚めたのは、尿意のせいだった。
臨海学校の宿泊先は伊豆の山中にある廃校で、一階の教室に畳を敷き、四十人ほどが雑魚寝していた。窓の外にはわずかな庭を挟んで急な斜面が迫り、夏の湿気を含んだ木の匂いが校舎全体に染みついていた。
田中は廊下側に寝ていた。布団から上半身を起こし、引き戸の向こうを何気なく見た瞬間、動けなくなった。
庭に、子供が並んでいた。
二十人ほど。全員がトレパン姿で中腰になり、同じ向き、同じ間隔、同じ角度で静止している。その列の中央に、白い着物を着た長髪の女が立っていた。
誰も動かない。瞬きすらしない。月明かりに照らされたその光景は、作り物のように整いすぎていた。
見間違いだと思い、枕元のメガネをかけた。視界がはっきりしても、配置は一切変わらなかった。人数も、姿勢も、女の位置も、寸分の狂いもない。
息が詰まり、心臓の音だけが耳の奥でうるさく鳴った。隣で寝ている親友を揺すったが、まるで死んだように反応がない。もう一度庭を見た。まだいる。
あまりに静かすぎて、音のない写真を見ている気分だった。ただ、女だけは、こちらを見ている気がした。目があるのかどうかも分からないのに、見られているという感覚だけがはっきりあった。
田中は布団に潜り込み、目を閉じた。時間の感覚はなくなり、ただ朝が来るのを待った。
やがて、空が白み始めた。恐る恐る布団から顔を出し、廊下の向こうを確認すると、庭には何もなかった。山の斜面と草木が、いつも通りそこにあるだけだった。
安堵とともに、我慢できなくなり、田中はトイレへ向かった。用を足し、廊下を戻っていると、別の教室の方から、ひそひそとした声が聞こえた。
「なあ、お前……昨日の夜、起きたか」
布団の中からの声だった。
「庭、見たか」
田中は何も答えられず、そのまま自分の教室に戻った。
翌朝、朝礼のあとで、昨夜声をかけてきたはずの相手を探した。だが、その教室に、その声の主はいなかった。担任に聞いても、その場所には最初から誰も寝ていなかったと言われた。
人数も合っている。欠席者もいない。
あの夜、田中以外に誰が廊下で声を出したのか、今でも分からない。
ただ一つ、はっきり覚えていることがある。
庭に並んでいた子供たちは、全員、顔をこちらに向けていた。
そしてその中に、自分と同じ背格好の子が、確かに一人混じっていた。
(了)
[381 本当にあった怖い名無し New! 2012/03/07(水) 14:48:19.34 ID:2qHw0/Iv0]