短編 洒落にならない怖い話

左手が長い理由【ゆっくり朗読】962-1231

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以前勤めていた会社の取引先の営業にYさんって人がいた。

667 :本当にあった怖い名無し:2022/05/04(水) 01:29:28.88 ID:VxuBgW8w0.net

歳は40代で見た目は平凡、仕事もそつなくこなす、いわゆる普通のサラリーマン。
変わったところと言えば、常に腕時計の下にリストバンドをしているくらい。
あと、左手が右手より少しだけ長かった。
それは初対面の時から気になってたけど、身体的なことだから特に話題にもせずスルーしていた。
その理由を初めて聞いたのは、一緒に仕事するようになって何年も経ってからだ。

あるプロジェクトが終わり、俺の会社とYさんの会社で合同の打ち上げが催された。
その席でYさんの隣に座った俺は、仕事の話や雑談に花を咲かせ、楽しい時間を過ごしていた。
Yさんは俺より二回りも上だけど気さくないい人で、営業だけに話もバツグンにうまい。
小一時間ほど差しつ差されつ杯を重ねていたが、ふとしたタイミングでYさんのリストバンドがズレ、その下がちょっと見えた。
俺の文章力が拙いせいで上手く表現できないが、なんとも言えない傷跡がある。
ケロイドのように少し盛り上がっているが、火傷とは違う。とにかくなんとも言えない傷跡。
「Yさんそれ、大丈夫っすか?」
酒が入ってたせいもあって、俺は反射的に無神経なことを聞いてしまった。
「えっ、これ、別に何でもないよ」
Yさんリストバンドを直しながら、歯切れ悪く言うとそのまま口をつぐんだ。
しばらく沈黙が続いたが、失言に酔いが一気に覚めた俺は
「なんか変なこと聞いちゃってスイマセン」
と、心から詫びた。
その間、リストバンド越しに手首をさすっていたYさんは不意に
「君さ、お化けとか幽霊とか、そう言う話信じるタイプ?」
と、意外なことを聞いてきた。
唐突な質問に面食らったが、俺はこう答えた。
「いや、むしろ好きっすね。昔稲川淳二のライブとか行ったことありますよ」
Yさんは
「そうか、好きなんだその手の話が」
と言うと、ゆっくりと傷跡の由来を語ってくれた。

Yさんは高校の頃、彼女と肝試しに行ったことがあるそうだ。

肝試しと言っても本格的な心霊スポットではなく町外れの小さな雑木林で、幽霊が出ると噂が流れた程度の場所らしい。
放課後、彼女と2人で雑木林に来てみたが、それらしい様子は全くない。
肩透かしを食らった気分だったが、少し奥まったところに小さな鳥居と祠を見つけた。
あまりしっかりと管理されていないようで、祠は朽ちかけている。
が、それだけ。
肝試しに飽きてきたYさんは、彼女に
「もう帰ろうぜ」
と声をかけたが、なぜか彼女は祠の前に行き、あたりまえのように扉を開けた。
「なにこれ、見て見て」
中にはお札やら燭台の他に、なぜか三方の上に石が置いてある。
大きさは拳大で何の変哲もない、そこらに転がっているような石だ。
彼女は祠に手をつっこむと無造作に石を掴み
「ねえ、せっかくだからおみやげにこれ持って帰ろうか?」
と、Yさんに差し出した。
Yさんは彼女から石を受け取ると
「やめとけよバカらしい」
と言いながら、元に戻せば良かったのに、石を林の奥に放り投げてしまった。
肝試しはこれで終わったが、その翌日に大事件が起こった。

電車通学だったYさんは、いつものように駅で彼女と待ち合わせ、2人で電車が来るのを待っていた。

ホームでの彼女はかなり様子が変だったらしい。
酔っ払ったようにふらふらしてて、今にも倒れそう。
「おい危ないぞ。体調悪いのか?」
心配するYさんの問いかけに彼女は
「大丈夫大丈夫」
と言うだけで相変わらずふらふらしている。
そのまま彼女は身体を揺らしながら、線路に落ちそうになった。
「危ない!!」
Yさんは左手で彼女の腕を掴み、転落を阻止する。
が、なぜか左手がYさんの意思に反して、一旦掴んだ彼女の腕を放してしまった。
彼女はそのまま倒れ込み、上半身がホームからはみ出たところを入線してきた電車にはねられた。
突然の出来事にYさんはへたり込み、泣きながら彼女の名前を呼び続けていたらしい。
不幸中の幸いか、周囲にいた人達がYさんは彼女を助けようとしていたと証言してくれたおかげで、事件は不幸な事故として処理された。
しかし、Yさんは強い自責の念に苛まれた。

異変が起きたのは彼女が亡くなって7日目の夜だった。

ベッドで寝ていたYさんは、激しい息苦しさで目を覚ました。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
呼吸を整えながら周囲を見るが、おかしな所は何もない。
再び横になって眠りにつくが、また息苦しさで目を覚ます。
まるで誰かに首を絞められているようだった。
たまらなくなったYさんはもう眠るのはやめようと、顔を洗おうと洗面所に行き鏡を見てギョッとした。
首に手で絞めた赤い跡がくっきりと残っている。
「なんだよこれ……」
そこで初めて心霊現象が頭を過ったYさんは、部屋に戻ると電気をつけたまま布団をかぶってガタガタと震えた。
が、それでも睡魔がやって来る。
ウトウトするYさんを再び息苦しさが襲う。
布団を跳ね上げたYさんは、そこで初めて自分の首を絞める物の正体を見た。
それは左手だった。
眠りにつくと左手が勝手にYさんの首を絞めに来る。
困り果てたYさんはベットの横にあるラックに紐をかけ、左手を吊った状態で寝た。

「それ以来さ、寝る時はずっと左手吊ってんのよ。もう30年だぜ」

Yさんは力なく笑うとリストバンドを巻くって左手首を見せてくれた。
「だからさ、手首が擦れすぎてこんななっちゃった」
同じ場所で擦り傷を何度も繰り返すと、こんななんとも言えない跡になるのか。
「左手ちょっと長いのもそのせいですか?」
と、ぶっちゃけついでに聞いてみた。
「多分そうだと思う。こうなると右手と両足も吊しとけば良かったなって今は思うよ」
そう言うとYさんは普段のようにからっと笑った。
「お祓いとかは行ったんですか?」
「行った行った。何回もお祓いしてもらった。あの祠にも行って何回も謝ったけどダメ。許してくんない」
「投げた石は?」
「探したけど結局分かんない。まあただの石だからね。あの時投げなきゃって、今でも後悔してるよ」
今、この場で自分が思いつく程度の対策なんて全部やってるに決まってるのに、俺は浅はかな質問を重ねたことを申し訳なく思いつつ
「なんかスイマセン。何の役にも立たないのに話だけさせちゃって……」
と詫びた。
「いいのいいの。別に隠してる話でもないし、俺がしっかりしてたら左手も悪さしないからね」
初めて聞いた俺には超怖い話だけど、Yさんの中ではこの怪奇現象と折り合いが付いてるのだろう。
「まあでも、たぶん俺が死ぬ時は左手に殺されるんだと思うよ」
そう言ってYさんはこの話を終わらせた。

それからほどなくして俺は転職し、Yさんとの付き合いも途絶えた。
もう10年も前の話だ。
Yさんが生きてるとしたら今は還暦手前くらい。
きっと今でも寝る時は左手を吊っているのだろう。

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