中編 集落・田舎の怖い話 土着信仰

ふくろさん【ゆっくり朗読】4300

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大学二年の春だった。

「怖い話投稿:ホラーテラー」なつのさん 2010/10/27 03:19

その日僕は、朝から友人の忠治と清助と三人でオカルトツアーに出掛けていた。

言いだしっぺは生粋のオカルティスト忠治君で、移動手段は清助の車。いつもの三人、いつものシチュエーションだった。

車は今、左右を山と田んぼに挟まれた田舎道を走っている。車を運転しているのは清助だ。僕は助手席、忠治は後部座席。

目的地は、地元から二時間ほど車を走らせた村にあるという神社だった。

忠治の話によると、何でもその神社は、ある奇妙で面白いモノを『神』として祀っているのだそうだ。

「それってさ、僕らが行って見せてくれる様なモノなん?」
「…うーん? あー、…そこはだな、大丈夫じゃね。…たぶん」

後部座席から具合の悪そうな口調。忠治は車に弱いタチなのだ。

「神主にはもう連絡とってあっからよ…。俺ら三人…、民俗学的な興味でやって来た、真面目な学生ってことになってっから。
…あー駄目だキモヂワリー…」

オカルトツアーは今までに何度も経験したが、僕らはそれが必要な場所は事前にアポを取る様にしている。

話をつけるのは忠治だ。大抵無下もなく断られるが、今回の様にO忠治の返事がもらえることもある。

まあ、許可が下りない時だって、『やるだけやった』ってことにして結局行くのだけれど。

「でさ、その神社には何が祀られてるん?」

後ろを見やると、丁度忠治の身体が横向きにバタリと倒れた。そのままの状態で忠治は言う。

「…袋だ」

「袋?」

僕は訊き返す。その神社は袋を祀っているのだろうか?

「あーうー、…いや、何か袋持ってね?やべ、吐きそう、っぷ」

運転していた清助が黙って道の脇に車を停めた。

忠治はヨロヨロと外に出て行き、林に少し入ったところで、今朝食べたナニカと感動の再会を果たしたようだった。

それからしばらく走り、村に着く。

山間に造られた小さな村で、神社はすぐに見つかった。

入口には石の鳥居。近くの路肩に邪魔にならない様駐車して、僕らは外に出た。

忠治もどうやら息を吹き返したようだった。

「間違っても境内では吐くなよ。まがりなりにも神の居るところだ」

清助が忠治に向かって言う。

「…吐かねーよ。もう腹ん中になーんも残ってねえし。ってかお前、そんなん信じる奴だっけか?」

「郷に入れば…って奴だ。それに俺らは今、民俗学専攻らしいしな」

鳥居の向こう側には、自転車で行けるんじゃないかってくらいなだらかな階段が木々の間を伸びていて、その奥に拝殿らしき建物が見えた。

鳥居をくぐって参道に入る。

頭上には周りの木々の枝と葉が陽の光をいくらか遮っている。木漏れ日。風が吹く度にさわさわと足元の影は形を変える。

吸い込む空気がどこか違うもののように思えた。

参道で一人の腰の曲がった老婆とすれ違った。彼女は僕らを見とめると、しわの刻まれた顔で微笑み会釈した。

僕は軽く頭を下げ、忠治が加えて「ちわー」と声を掛ける。参拝客だろうか。

境内はあまり広くない。

拝殿と、その後ろに本殿。

参道から向かって右側には、水で手や口を清める場所。水盤舎というのだったか。

その隣には、人の背丈よりは大きい程度の社があった。

社の近くに箒を持って掃除している人が居た。

男性。歳は四十後半だろうか。上は青いジャンバー、下はジャージとラフな服装だった。

「ああ、君らかえ。電話くれたんは」

僕らを見つけると、彼は穏やかな笑顔を浮かべてそう言った。ということは、この人がここの神主さんなのだろう。

想像していたより若い。

互いに自己紹介を済ますと、普段は農家でゆず等を作っているらしい神主さんは、箒の柄の部分で隣の小さな社を指した。

「ほれ、これが電話で言うた『ふくろさん』よ。まずはどういうもんか、よう見とき」

どうやら目的のものはこの社の中にあるらしい。神主さんに促され僕らは社の中を覗く。

両開きの扉の奥、そこには何やら奇妙な物体が置かれてあった。

『ふくろさん』

名の通り、それは袋だった。

材質は麻だろうか。薄茶色をした人の頭ほどの大きさをした袋。上部を赤い紐で縛っている。

それだけなら、何だか良く分からないモノで済んだのだが、異様だったのは、その袋の接地面を除いたありとあらゆる箇所に、『針』が刺さっていることだった。

待ち針も縫い針も長い針も短い針も、様々な針があった。

「さっきは『ふくろさん』っていうたけんど、名前なんてあって無い様なもんやけぇ。これには。うちの親父なんかは、ハリネズミさま、ハリネズミさま言うとったわ」

社の屋根に手を乗せて神主さんが言う。

「こいつに針を刺すと、過去の罪とか過ちが消えるって言い伝え、本当ですか?」

忠治の言葉に、僕は針だらけの袋を見やった。なるほど、只の袋では無いと言うことか。
でも、そんな言い伝えがあるような大層なモノには見えないのだけれど。

「そうな。言い伝えがあるんはほんまよ。信じるか信じんかは人次第やけんど。村のジジババらあはまだ信じとって、刺しに来るもんもおらあな。…君らも刺すか?何かやましいことでもあるんやったら」

僕らは互いの顔を見合わせる。僕は首を横に振って、忠治は、へらっと笑い、清助は小さく肩をすくめた。

三人ともやましいことなど何も無いと思っているのだろう。バチ当たりな連中である。

「はっはっは。ほうかほうか。真っ当な人生を送りゆうようで何より何より」

そう言って神主さんは可笑しそうに笑った。

「じゃあ、私はちょっくら向こうの方を掃いてくるきよ。なんか聞きたいことがあったら呼びんさい」

神主さんが本殿の方へ行ってしまい、残された僕ら三人は、改めて社の中の『ふくろさん』をじろりじろりと観察していた。

「針を刺すと過ちを払う袋、か。初めて聞いたな」と清助がぽつりと呟く。

「『ふくろさん』って名前がどうもなあ。それだと頭に『お』をつけたらお母さんになっちゃうし」と僕。

「正式な呼び名は無い、って言ってたろ。その『ふくろさん』も、参拝客の間で広まった名前だろう。…で、結局のところだ。俺らは今日、この袋をただ拝みに来ただけってことか?」

そう言って、清助は忠治の方を見やった。

それは僕も思っていた。

確かにこの幾本も針の刺さった袋は異様ではあるけれど、忠治のオカルトアンテナに反応する程の物件では無い気がする。

言ってしまえば、この袋はそこらの寺に置かれている仏像とさほど変わりはない。
忠治は「うはは」と笑う。

「んなわけねーじゃん。それと、今日拝みに来たのはこの袋じゃねーよ」

そして忠治は僕と清助の胸ぐらをつかみ自分の方へと引き寄せると、

「拝みに来たのは、この袋の中身だ」

囁く様な声でそう言った。

袋の中身。

僕は何となく綿でも詰まっているのだろうくらいにしか思っていなかったのだけれど、忠治の口調からすると、まあ綿ではないみたいだ。

「この袋には噂があるんだよ。針を刺した瞬間袋が動いたり、鳴き声を上げたり。…中には動物が入ってんじゃねえかってな。 火の無いところにゃ煙は立たず。本当に動物か、もしくはそれ以外か…」

その瞬間、辺りに何かの鳴き声が響いた。

僕は思わず社の中の袋を見る。

けれども鳴き声は頭上からで、鴉だろうか、黒っぽい鳥が一羽空へと飛び立っていった。
「…どうやって、見せてもらうのさ」

一つ息を吐いてから僕は忠治に尋ねる。

先程話した印象では神主さんは気さくな人柄だったが、そうやすやすと自分のところの御神体を見せてくれるだろうか

それに、袋には数え切れない程の針が刺さっている。

袋を開けて中を見るには、これらを一本一本抜かなくてはならないだろう。

「別にこの目で見ないと収まらねーってわけじゃねえよ。ま、手っ取り早い方法は神主のおっさんに訊くことだよな。そのために電話したんだし。答えてくれるか知らねーけど」
「訊くだけでいいん?」

「それで納得出来りゃあな」

というわけで、神主さんの元へ話を聞きに行く。彼は本殿の周りの掃除をしていた。

「最近掃除もサボっとったき、えらいことになっちゅうな。はっは」

僕らが近づくと、しゃがんで本殿の下を掃除していた神主さんは笑いながらそう言った。そして腰を叩きながら起き上がる。

「なんぞ聞きたいことでもあるかえ」

「あーはい。あの『ふくろさん』の中って、何が入っているんですかね?」

何の探りもひねりも入れず、ストレートに忠治は尋ねた。一呼吸程おいて神主さんが忠治を見やる。

「聞いてどうするよ。大学のレポートにでも書くかえ?」

「あ。そのつもりっす」

嘘だな、と僕は思う。神主さんは穏やかに笑った。

「メモの用意を忘れとるぞ」

その言葉に忠治は少しうろたえる。その様子を見て神主さんはまた「はっは」と笑う。

「ええよええよ、わかっとる。前にも、君らの様な若者らあが、興味本位でやって来たことがあったきよ。まあ君らは礼儀正しい方やけんどな。ちゃんと、事前に連絡もくれたしな」

どうやら僕らの目的は最初から筒抜けだったようだ。

「中身、見せてくれませんか?」

「すまんけんど。それは出来んわ」

穏やかな口調の中に断固とした意思が感じられた。これはいくら頼んでも無駄だろう。

「あの中身については、教えるわけにはいかんのよ。…ああ、それとも、君らの内、誰か一人がここの跡継ぎになてくれたら、そうなりゃあ教えちゃれるわ。おう、そらええ考えやと思わんか?」

本気で言われているのか、からかわれているのか、どっちとも取れず、「はっはっは」と笑う神主さんを前に、僕らはただ曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

結局、『ふくろさん』に関して神主さんからは何も情報を引き出せず。

僕らは一旦彼にお礼を言って、神社から出ることにした。

車に戻り、どこか憤慨したように忠治が言う。

「くっそ、あのオッサンめ。代々神主しか知らない中身って、余計気になるじゃねーか」
「もしかしたら、俺らのこと監視してたのかもな。神体に妙なことしないかどうか」

清助が運転席に腰かけ、リクライニングを少しばかり後ろに倒しながらそう言った。

「そうなん?」と僕。

「…さっき、あのオッサン言ってたろ。前にも同じようなことがあったって。でも俺らとは違い、電話でアポはとってなかった。…それでもそいつらが、『若者たち』だって知ってるってことは、何かやらかしたんだろうな、そいつら」

「その場に居たんじゃない?神主さん」

「あのオッサン、あんま頻繁にここに詰めてる風でも無かったろ。まあ、居たかもしんね―けど」

「やらかしたって、何をやらかしたん?」

「知らねえよ。俺に訊くな」

その時、忠治がぽつりと呟いた。「…呪いだ」と。僕と清助は後部座席を振り向く。

「それってよ。そいつら、袋に何かしたせいで呪われちまったんじゃねーの?で、どうしようも無くなって、あのおっさんに泣き付いた」

「ねーよ」

即座に清助が否定する。

「そーか?俺的にはイイ線いってると思うんだけどな…」

清助に否定されたせいで、忠治の名推理はしおしおとしぼんでしまった。

「…で、どうするのさ?」

僕が忠治に尋ねると、忠治はうーんと軽く唸った後、運転席を後ろから蹴りあげて、

「おーい清助、車出せよ」

そしてシートにもたれかかって目を閉じる。

「俺たちは、やれるだけやった」とそう言った。

事前に見に行くと連絡を入れ、袋の中身は何なのか聞き、見せてくれないかとも頼んだ。
それでも駄目だと言われれば、それはもう仕方が無い。

結局は無断で見せてもらうしかないわけだ。

その日の夜のこと。

神社から少し離れた場所に車を停めて、僕と忠治は懐中電灯を片手に、またあの石造りの鳥居をくぐっていた。

清助は来なかった。「俺は眠い」とだけ言って、今は車の中でお眠りしているはずだ。

夜の境内は朝とはまるで違う雰囲気だった。

前に来た時には爽やかさを含んでいた木々のざわめきが、今や得体の知れない何者かの息使いに聞こえる。

「そこだ」と忠治が言う。水盤舎の隣の小さな社。

見ると、朝は開いていたはずの扉が閉まっている。近づいて良く見ると、鍵もかかっているようだ。

どうするのかと思っていたら、忠治が社に近づき、僕に「ライトで扉を照らしてくれ」と言った。

ポケットから何かを取り出す。どうやらそれは、工具用の細いドライバーと針金の様だった。

※以下は空き巣の手口と同様なので、ここに書き示すことは出来ません※

そのうち、ガタリと音を立てて扉が外れる。その扉をゆっくりと地面に置いて、忠治は「ふう」と一息ついた。

社の中に手を入れ『ふくろさん』を取り出す。そして地面に置いた扉の上にそっと乗せた。

「うひゃあ、犯罪だねえ…」と僕が呟く。

「しかも完全犯罪だぜ。明日来たって誰も気づかねーからな」

もちろん、袋の中身を見た後は、全て元通りにして退散するつもりだった。

立つ鳥跡を濁さず。それがオカルトに準ずる者のマナーだと、忠治は常々言っている。

僕は手にした懐中電灯の光で、袋を色々な方向から照らして見た。やっぱり針だらけだ。
そこで気がついたが、袋の口を縛る赤い糸、その結び目にも一本の針が通してあった。

「ふくろ、重かった?」

「いや、それほどでもない。一キロかそこらってとこじゃね」

そして僕と忠治は互いに顔を見合わせる。

「んじゃ、抜いてくぞ」

忠治が呟き、最初の針をつまむ。するり、と針は抜けた。

刺さっていた部分と外に出ていた部分で色が違う。先の方は、まだ銀色の光沢を放っていた。

一本、一本と針が抜けて行く。抜いた針は、車から持ってきたティッシュの空き箱の中に入れていた。

忠治は全部の針を抜いてから、口を縛っている紐を解くつもりの様だった。

もしかしたら針を抜いている間に何かが起きるかもと、期待したのかもしれない。

袋をライトで照らしながら、僕は針の数を数えていた。半分ほど抜き終わったところで四十一本。

そうしてから、ふとこの針の数は、人の犯した過ちの数なのだと言うことを思い出す。

僕たちは今何かとんでもないことをしているのかもしれない。

それでも針は抜かれてゆく。

針は残り二十程。

その時だった。鳴き声が聞こえた。

僕ははっとして辺りを見回す。鳥?違う、猫の鳴き声に近い。赤ん坊の泣き声にも聞こえる。

赤ん坊、自分で連想した言葉に背筋が凍る。

忠治の手が止まった。彼にも聞こえているのだ。まだ鳴いている。

けれど鳴き声の出所が分からない。左の茂みの中からでもある様な、右の拝殿の下からでもある様な、

空からでもある様な、地面の中からでもある様な。

そして、すぐ傍らの袋の中からでもある様な。

袋。

袋が微かに動いた。

「うわ!」と僕は反射的に後ろに飛びのいた。忠治は動かなかった。

ザア、と枝の擦れる音、ナニカのなき声。

頭の中でみーみーみーとエラー音が鳴る。経験上、この音が鳴りだすとヤバいことが起きる。

目を見開く。

それでもまだ忠治は袋から針を抜こうとしていた。

「忠治、もう止めよう!」と声を掛けるが、忠治は針を抜くのをやめないどころか、僕の声も聞こえていない様だった。

立ち上がると足が震えた。全身の血流が段々早くなっているのが分かる。

骨振動で伝わる心臓の鼓動が、まるで大太鼓の様だ。

どうすればいいのか、何をすればいいのか。

忠治を殴り倒せばいいのか。清助を呼んでくればいいのか。分からない。動けない。

「そいつをはった倒しい!」

声が聞こえた。

その瞬間、僕の身体は動き、両手で忠治を突き飛ばしていた。

ライトの光が僕の身体を照らし、僕は振り返った。

そこに居たのは、朝と同じ服装の神主さんだった。

「やれやれ。心配になって来てみりゃあ…、案の定かえ」

外された社の扉とその上に乗った袋を見て、神主さんは深く息を吐いた。

「このバカたれが」

「す、すみません!」

突き飛ばした忠治は未だ起き上がって来ない。仕方なく僕は一人きりで神主さんに向かって頭を下げた。

「まあ…間にあったき良かったわ。あれを見とったら、そういうわけにもいかんきよ」

そして神主さんは倒れている忠治の方を見やる。

「その子を起こしんさい。君ら二人、やらんといかんことがあるけえ」

数回肩を揺すぶると忠治は目を開いた。

しばらく焦点のあっていない目で神主さんの姿を見ていたが、はっと我に返り、「すいませんでしたあ!」とその場に土下座する。

「もうええもうええ。そんで、針を抜いたんは、どっちかえ」

「あ…俺です…」

そろそろと忠治が手を挙げる。

「ほうか。そんなら君の手でまた針を戻しんさい。その袋は針を刺すたんびに、ケガレをはろうてくれるき。罪もそう、過ちもそう…。すみませんでしたと思いながら、一本一本丁寧にな」

「…何か見えるんですか?」

恐る恐る忠治が尋ねる。

「見える言うた方が怖がるやろうが…、あいにく見えん。でもな、この袋は昔っから『そういうもん』やき。それにな、前に来た若者らあは、それを見て、戻ってこれんようになった」

ぞくりとした。

忠治もそれ以上は何も言わず、黙って針を元通り刺し始めた。

「…まあでもなあ、これだけ言うても、知らなんだらまた来るかもしれんきねぇ」

黙々と忠治が針を刺していく中、神主さんがぽつりと呟く。

「やりながらでいいき聞きんさい。この袋はな、本当は『ふくろさん』じゃのうて、別に名前があってな、本当の名は『いぬがえし』っちゅうんよ」

忠治と僕は驚いて神主さんを見る。

すると彼は穏やかに笑って、

「好奇心が猫を殺すんなら、今の内にその好奇心を殺しとこうち思うてな。それも、誰にも言わんと、約束できるんならな」

僕らは頷く。

そして神主さんはこの袋のことを話してくれた。

いぬがえし。漢字で書くと『犬返』となるそうだ。

中に入っているのは動物の死骸。それも血と内臓を抜き取り、ミイラ状態になったモノが入っているという。

「中を空っぽにするんよ。生き物やなく入れ物になるよう。…そうして、その入れ物の中に、針を通して人の持つケガレを移しかえる。いぬがえしの目的は、そのケガレを払うということ。ああ、誤解せんでほしいんは、それらの動物は、ちゃんと寿命をまっとうしちゅうき」

今は袋の中には猫のミイラが入っている。と神主さんは言う。

「親父は、ネズミ何かもよう使っとったな。まあ、あれは針がようけ刺せんけぇ。あまりようない言うとったけどな。猪もあった、ヘビも、犬もあった…」

動物なら何でもええんよ。と神主さんは言う。

「針を通してケガレがいっぱいになったら、そのミイラは本殿の中で祀られる。神さんになるんよ。長いこと、人の代わって多くの恨みつらみを担いだけえ」

人々のケガレを代わりに担いでくれるモノ。

「今でこそ農業の神さんを祀っとるが、昔この神社は、そうやって出来たミイラらあをひっくるめて、主神として祀っとった。『おおいぬ様』いうてな」

言わばそれは、大きなケガレの塊、恨みつらみの塊ではないのだろうか。それをこの神社では神として祀っている。

「神道ではな、エライもんが神様になるんじゃのうて、力のあるもんが神になる…」

僕の疑問を読み取ったかのように、神主さんはそう言った。

例えそれが恨みつらみだとしても、力があれば神にもなる。

「…お、終わったか」

話している内に、忠治が抜いた分の針を刺し終わっていた様だ。

それを確認し、神主さんは懐から何かを取り出すと、僕と忠治に手渡した。

それは針だった。

「これが、今日君らが犯した過ちの分やき。これもちゃんとゴメンナサイ言うて刺しい」

悪さしてすみませんでした。でも悪気は無かったんです。本当です。ゴメンナサイ。

そんなことを思いながら僕は袋に針を刺した。

「よし、これで君らは大丈夫」

それから僕と忠治は袋を元の位置に戻し、外した扉を直してから、神主さんに二人でもう一度謝った。

「ええよええよ。まあ、これに懲りたら。もう、危ないことはしなさんなよ」

そう言って、神主さんは最後に僕らの頭に一発ずつ痛いゲンコツをくれると、笑って「機会があれば、また来んさい」と言ってくれた。

車に戻ると、仮眠から起きた清助が僕らの表情を見て軽く吹きだしていた。どんな表情をしていたのか自分でも分からない。

でも、今回のオカルトツアーで、僕らは多くのことを学んだと思う。

帰り道、窓の向こうを流れる夜の山々を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。

ふと、後部座席の忠治を見やると、さすがの彼も反省している様だった。

何か思いつめた表情で足元を見ていたが、やがて顔をあげると、僕に向かってぽつりと呟く様に言った。

「…あのオッサンの話聞いてたらさ、本殿には人のミイラとかありそうじゃね…。お前どう思う?」

「、…あったら、どうすんの?」

「見せてくれってあのオッサンに聞いてみる」

「駄目って言われたら?」

「そん時は、やるだけやったんだから…あ!いや駄目だ!うーんとだな…ええ?うおおっ、どうしよう清助!俺どうしたらいい?」

「とりあえず黙れ」

訂正。今回のオカルトツアーで、僕らが多くのことを学んだというのは間違いだった。

好奇心猫を殺す。

たぶんそれが僕らの得た唯一の教訓だった。

まあそれだけでも、大きな進歩ではあったのだけども。

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