山奥の村で育った。
地図にもろくに載らないような小さな集落で、冬は雪に閉ざされ、夏は山の闇に抱かれるような土地だった。今ではもうダムの底に沈んでしまったけれど、あの場所で過ごした記憶は、土に染み込んだ血のように、どうしても消えてくれない。
中学の頃、いつも一緒にいた仲間が三人いた。俺と、K谷と、S藤。三人はつるんでばかりで、村の同年代から見れば少しばかり悪目立ちしていた。くだらない悪戯をしたり、弱いものをからかったり、あの頃の自分を思い返すたび、胃の奥が焼けるように気分が悪くなる。
その標的にされていたのが、M山だった。痩せっぽちで、虚弱体質。声も小さく、すぐにうつむく。誰も本気で話しかけようとせず、俺たちはその無防備さを面白がっていた。
あの日のことを語るとき、喉が詰まる。
夏の夕暮れ、俺は「山でかくれんぼをしよう」と言い出した。仲間二人はすぐに頷き、M山を強引に誘い出した。正直、誘うというよりは、捕まえて引きずり出したに近い。嫌がっていたのに、押し込むように山道へ連れていった。
俺の中では、はじめから決まっていた。かくれんぼなんかやる気はなく、奴を置き去りにする、それが目的だった。
鬼はM山一人。数を数えている間に、俺たちは林の奥に逃げ込んだふりをして、そのまま村へ戻った。あの時、背中に響いた「待ってよ」という声を、なぜ無視できたのか、今でもわからない。
その夜、家が騒がしくて目を覚ました。廊下に出ると母が青ざめて言った。「M山が帰ってこない」と。村中が山へ探しに行き、大人たちが懐中電灯を振り回して走っていた。俺も仲間と連絡をとり、何食わぬ顔で探すふりをした。
だが、見つかったのは眼鏡だけ。レンズの片方が割れていて、湿った土に半ば埋もれていた。
村人たちは日が昇るごとに疲弊し、捜索は一週間ほどで打ち切られた。M山は、まるで山に吸い込まれたように消えてしまった。俺たち三人は、真実を黙って胸に押し込んだ。もし口にしたら、自分たちの罪が暴かれる。そんな恐怖だけが頭を占めていた。
それから年月が過ぎた。村はダム建設のために立ち退きが決まり、家々は取り壊され、最後には水の底に沈んだ。俺たちもそれぞれ高校に進み、別々の町で暮らしたが、胸の奥に巣食う影は、決して薄れなかった。
特に俺は、夜になるとM山のことばかり考えてしまう。最後に振り返った時の、あの怯えた顔。林の奥で名前を呼ぶ声。それが夢の中に現れては、汗でシーツを濡らした。
高校を卒業する頃、俺は耐えきれなくなり、K谷とS藤を呼び出した。沈んだ村のダム湖を見に行こう、と。二人は渋い顔をしたが、最後には頷いた。
夏の盛り、山道を歩き、ダムの堤防の上に立った。濁った水面が、かつて村があった場所を覆っていた。田畑も校舎も神社も、全部その底に沈んでいる。俺たちは黙って湖面を見下ろした。
その時だった。水の上に、立っている人影が見えた。
最初は幻覚だと思った。蜃気楼のように揺らめいていたが、すぐにわかった。M山だった。あの痩せた肩、ぼやけた輪郭。眼鏡はかけていなかったが、間違えるはずがなかった。
胸が裂けそうになり、声が勝手に出た。
「M山!!あの時は……ごめん!!許してくれなくてもいい、けど、言わせてくれ……本当にごめん!!」
堰を切ったように涙が出て、視界が滲んだ。
横を見ると、K谷もS藤も困惑した顔で俺を見ている。「何を叫んでるんだ」と言いたげに首をかしげていた。二人には人影が見えていないらしい。
M山は静かに笑ったように見えた。声が耳の奥で響いた。
「別にいいよ。俺のこと覚えていてくれて……ありがとう」
その言葉を最後に、すうっと水面へ沈み、跡形もなく消えた。湖はただ風に揺れているだけだった。
後から知ったことだが、M山はもともと体が弱く、遊びに誘われることなど一度もなかったらしい。あの日、俺が声をかけた時、本当に喜んでいたと、親戚の人から聞いた。
誘った理由が、置き去りにするためだったと知ったら、どんな顔をしただろうか。
俺は生涯、その問いに答えることはできない。
夢か幻か、それとも呪いか。俺にはわからない。ただ、あの水面に立っていた姿は、確かに現実だった。
今も瞼を閉じると、濁った水の中から眼鏡が光り、こちらを見上げている気がする。
[出典:654 :本当にあった怖い名無し:2005/05/26(木) 20:29:55 ID:CxR3OSlJ0]