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猿喰いの家 r+4,891

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正直、今になってもあれが夢だったんじゃないかと思うことがある。

でも、口の奥に残った苦味と、鼻腔を焼くような焦げ臭さだけは、どうしても現実だったと俺に思い出させる。

俺の実家は山の奥、奥というより“中”にある。
標高だって別に高いわけじゃない。ただ、あまりにも山が多すぎて、地図で見ても緑色しかない。
子供の頃は電波なんか届くはずもなくて、テレビゲームも知らなかった。親もそんなもん、どこかの国の神話か何かだと思ってたんじゃないか。

遊び場は山、友達も山、生き物も全部、山だった。
蛇を捕まえて騒ぎになったこともある。狸と追いかけっこして怒られたこともある。
でも、いちばん怖かったのは……猿だ。

あいつら、人間の顔をしてた。
群れで来る。叫ぶ。目が合うとにたりと笑う。
山の向こうから俺たちの暮らしをずっと見てる気がしてた。
誰が最初に言ったか覚えてないけど、猿は「神様の目」だ、って聞かされたことがある。

でもその神様の目は、うちの村じゃ煙たがられていた。
畑を荒らし、屋根に乗り、人の食い物を奪い、女の子を引っ掻いた。
猿はいつのまにか「祟りをもたらすもの」に変わってた。
とはいえ、国の方針で保護されてるもんだから、表向きには殺せない。
けれど夜、闇の中では話が違った。
大人たちは“駆除”と呼んでいた。
殺された猿は、村の一番奥に住んでいた長老――ジイさまの家へ運ばれた。

その家は、どの家よりも静かで、どの家よりも獣臭くて、どの家よりも何かが“重たかった”。
近づくなと言われてた。けれど、ある年、俺のところにジイさまからお呼びがかかった。

高校三年、十七の夏。
まさに人生でいちばん「田舎から抜け出したい」と思っていた時期だった。
そんな時に、あのくたびれた老人の家へ行けと? 冗談じゃない。
でも、親父とお袋の顔があまりにも必死だったから……仕方なく、山の奥へ歩いた。

ジイさまは、白い着物を着て正座していた。
まるで誰かの葬式のように、部屋は香の匂いでむせ返るほどだった。

最初は当たり障りない話。勉強はしてるか、進路はどうだ、友達はいるか。
でも、途中から突然、ジイさまは立ち上がり、俺を広間に連れて行った。
畳二十畳ぶん、天井が高く、壁に木彫りの仏のようなものが並んでいる。
その中央に――それはいた。

人のようで、人でなく。
歯を剥き出しにし、皮膚をはがされ、子供のような小さな着物を着せられた猿の死骸。
生々しい筋肉の上に、わざわざ手縫いの刺繍が施された布が貼りついていた。

「まだ十七だな」
ジイさまは何度も確認するように言った。
後ろから現れた取り巻きの老人たちが、俺に白装束を手渡してきた。
黙って、ただじっと見ている。その目が、まるで人じゃなかった。
ひとつの塊のように、どこまでも冷たい。

着替え終えると、猿の死骸は庭に運ばれ、やぐらの上に乗せられた。
その下には新聞紙、枯れ草、藁。
ジイさまが「オンマシラの儀」と唱えた瞬間、松明が投げ込まれた。

肉が焼ける匂い。
じゅうじゅうと皮の焦げる音。
風が吹いて、俺の顔にも匂いが張りついた。
名前が延々と読み上げられる。
俺の知らない祖先たちの名。
何百年も前の、見たこともない死人たちの名。

終わったと思った頃には、猿はすでに炭と化していた。
でも、終わりじゃなかった。
広間に戻ると、そこには宴席ができあがっていた。
酒、飯、野菜。そして、焼かれた猿が中心に置かれていた。

ジイさまが歩いた後、俺も一周させられた。
「喰え」
そう言われて、俺は……ほんの一口だけ齧った。

苦い。焦げ。木炭の破片。
だけど、その奥に何か――血のような、臓物のような、変に甘い味がして。
ぞっとした。

ジイさまは満足せず、もっと喰えと迫ってきた。
頭がカッと熱くなって、俺はそのまま家を飛び出した。
追っては来なかった。
でも、それ以来、村では妙な視線を感じた。

卒業後、他県へ進学し、帰省はなかった。
親もなぜか、俺が帰ってくることを望んでないように見えた。
ただ、数年後、一本の電話でそれは変わった。

「ジイさまが死んだ」

久しぶりに見た実家は、何も変わっていなかった。
あの日の広間も、やぐらの庭も、全部そのままだった。
夜になって、親から聞かされた話は――予想のはるか上をいっていた。

昔、村人が山の神の使いである猿を殺してしまった。
それ以来、呪いがかかり、特にジイさまの家系では、異形の子供が生まれるようになった。
その呪いを祓うための儀式が、オンマシラの儀。
十七歳の時に、猿の肉を食い、呪いに打ち勝つ。

「俺も、母さんも、喰ったよ」
親父はそう言った。
でも、ジイさまの家系は“特別”で、何度も猿を喰っていたという。
その話を聞いた時、俺の脳裏に焼きついているジイさまの顔が浮かんだ。

赤黒い肌、毛深い頬、しわだらけの目元……まるで、猿のそれだった。
呪いを祓うために喰ったのではない。
猿を喰うことで、猿になっていったんじゃないか?

「みんな、気づいてた。けど、言えなかった」
母さんがそうつぶやいた後、しばらくしてこう言った。

「ジイさま、猿の肉、好きだったみたいだからね」

その夜、俺は久々に、あの味を思い出しそうになって……やめた。
舌が、喉が、思い出しそうになったその瞬間に、布団の中で吐きそうになった。
もしあの味を“うまい”と思ってしまったら、俺もあの家系の末裔として、猿を探して山をさまようんじゃないかって。

それが、いちばん、怖かった。

(了)

[出典:757 :本当にあった怖い名無し:2009/09/11(金) 01:10:00 ID:GzzUdT+a0]

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