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学生時代から世話になっている知り合いの米屋が、ぽつりと打ち明けてくれた話がある。

穏やかな昼下がり、米俵の匂いに満ちた店先で彼が語ったその顛末を思い出すたび、胸の奥がざらつき、背筋に冷たい膜が張り付くのを感じる。

その日、米屋は朝こそ閑散としていたものの、昼を過ぎてからは配達が相次ぎ、夕刻にかけては文字通り走り回ることになったという。午前中のうちに一本の電話が入っていた。相手は顔馴染みの常連で、決まって週の終わりに米を頼む人物だった。声色もいつもと変わらず、「夕方ごろ頼むわ」と軽い調子で言ったという。

言われた通りに、他の配達を済ませてから常連の家に立ち寄った。暮れかけの陽が門柱の影を長く伸ばす頃だった。ところが、いくら呼び鈴を押しても反応がない。ノックをしても、家の中はしんと沈黙を守っていた。時間の都合もあり、一旦は別の配達へ回り、後で寄り直すことにしたそうだ。

日が沈み、夜気が濃くなって全ての配達を終えた頃、再びその家へ戻る。月明かりに照らされた玄関先に立ち、インターホンを押す。しかし、やはり出てこない。ふと、何気なくドアノブに手をかけた瞬間、異様なことに気づいた。重たい鉄製の玄関ドアが、あっけなく押し開いてしまったのだ。普段なら戸締まりの堅い家で、あり得ないほどの無防備さだった。

「玄関先に置いて帰ればいいか」
そんな軽い気持ちで米袋を抱え、中へ足を踏み入れた瞬間――鼻をつく鉄錆の臭気に喉が詰まった。視界に広がったのは、薄暗い灯りの下、ぐったりと玄関にしゃがみ込んだ常連の姿。服の胸元は黒々と染み、何度も刃物で突かれた痕が見えた。すでに息はなく、その目は天井を見開いたまま硬直していた。

心臓が跳ね上がり、足がすくむ。米袋は無情にも足元に転がり落ち、袋の口から白い米粒がこぼれ出した。その白さが血の赤を際立たせ、現実感をさらに奪っていったという。

米屋は我を忘れて警察に連絡した。やがて到着した捜査員たちに案内され、取り調べを受けることとなった。事情を何度も繰り返し聞かれる。電話があった時間、配達に行った順序、玄関が開いていたこと……その一つ一つを問われ続け、米屋は徐々に違和感を覚えた。

なぜなら、常連の死亡推定時刻が、電話を受けた時間よりもずっと前に設定されたからだ。つまり、米屋が受け取った「米の注文の電話」は、理屈の上では成立しないことになる。さらに近所の住人が「夕方に回覧板を回した時には玄関はきちんと施錠されていた」と証言したため、米屋の証言はますます疑わしいとされた。彼は一転、第一発見者から容疑者の影を濃くまとわされる羽目になった。

数日の取り調べの後、ようやく真犯人が見つかった。それは驚くべきことに、隣家の住人だった。動機は些細な口論の積み重ねだったと報じられた。証拠も出揃い、逮捕はあっけないほど早かったという。

だが、ひとつだけ説明のつかない点が残った。米屋が受けたあの一本の電話だ。隣人が犯行を終えた後に、偽って電話をしたのか。それとも、まだ息のある常連が死の間際にどうにかして電話を取ったのか。しかし、警察の記録では、通話時間にはすでに被害者は絶命していたとされている。

米屋は言った。「あれは、常連本人の声だった」と。長年の付き合いで聞き間違えるはずがないという。けれど録音も残っておらず、証明する術はない。

まるで、血に沈みながら最後の力を振り絞り、米を頼むことで誰かに「来てくれ」と助けを求めたかのように。あるいは、既にこの世を去った霊が、自分を見つけ出してほしくて、あの世から電話をかけてきたのかもしれない。

以来、彼は夜の配達を極端に嫌うようになった。玄関の向こうに誰が待っているのか、二度と確信が持てなくなったからだ。暗闇に灯るインターホンの赤いランプを見るたび、あの日の受話器越しの声が蘇るのだという。

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