今から3年半ほど前に、仕事で老人ホームの設計を依頼された。
267 名前:経験者 投稿日:2001/08/08(水) 12:27
その当時、俺は東京のT市に住んでいた。(今も同じだが)依頼の場所は、俺の住むT市の隣M市だった。
ちょうどその時は、H市の病院の増改築工事の設計の仕事をしており、掛け持ちでやる仕事としては、立地的に現場から現場への移動、そして自宅から向かうにも楽な場所であったため、快くOKの返事をだした。
そして、打ち合わせのために俺は呼ばれ、初めてその現場に向かうことになった。
自宅から車で約15分程で付くだろうと思い、車でO環状を走り、10分程走り指定された脇道へとそれ、坂道を上ると正面にM斎場があり、M斎場の脇の私有地を抜け、現場らしき場所にたどり着いた。
今考えるとえるともの凄い立地条件だ。
斎場からわずか300m程の場所に老人ホームなんて、あまり気分の良い物ではない。
近くには葬儀屋まであるし、それ以外はなにもありはしない。
それから何事もなく打ち合わせも終わり、俺は関係者の見送りをすませ、最後にその場所から立ち去ろうとすると、一人の爺さんが老人ホームの建つ方向を眺めていた。
散歩でもしてるのか?と気になった俺は、その爺さんに話しかけてみた。
「お散歩ですか?」
すると爺さんはいやいやと首を振り、逆に俺に話しかけてきた。
「ここには何が建つのですか?」
そう聞かれた俺は看板を指さし、「老人ホームが建つんですよ」と答えた。
爺さんは
「ほーこんな静かでいい場所に建てるんですか、私も出来たら、こんな場所で余生を過ごしたいですね」
そう聞いた俺は、半分嫌味もはいっているのだろうなと思いながら答えた。
「場所的には縁起がよくないかもしれませんね」
爺さんは笑っていた。
病院の現場に向かう事もあり、俺は「それでは」と言いながら車を発進させ、後ろを何度も気にしながら病院へと急いだ。
それからしばらくして、基礎打ちのための掘削に立ち会う事になり、俺は現場に向かった。
俺の到着を待っていたのか、掘削のためのユンボ2台のオペレーターが俺のほうに向かってきた。
一人はよく一緒に現場で仕事をしているために、笑いながら「またよろしくお願いします」と挨拶してきた。
もう一人は今回が初めてのため、緊張した面もちで「よろしくお願いします」と挨拶した。
一通りの打ち合わせを終えて、掘削を開始した。
掘削を初めてから3時間ほど経っただろうか、顔見知りのオペレーターのユンボが動きを止めた。
市川君は自分が掘削したばかりの場所へと降りていった。
どうしたんだろう?と俺は思い、ユンボのほうに向かった。
その時、掘削で地盤が緩んだのか、ユンボのキャタピラ部分が崩れだしてしまった。
その衝撃で、固定していたはずのユンボのヘッドの部分が市川君に直撃してしまった。
あわてた俺はもう一人のオペレーターに大声で「ユンボのヘッドを引き上げてくれ」と告げて、俺も市川君のいる場所へと降りていった。
幸いな事に市川君は腕を強打しただけですんでくれた。
俺は何でいきなり下に降りて行ったのかを聞いた。
すると市川君は、
「自分がヘッドを向けた場所に、お爺さんが居たんです。危ないと思ってユンボを止めたら誰もいなくて、気になって、そこを確認しようと思って下に降りたら、ユンボが傾いちゃって」
すいませんと言いながら痛みをこらえているようなので、俺は現場代理人に市川君を病院に連れていく事を告げ、病院に向かった。
治療も終え、骨にも異常がなかった事から、俺と市川君は現場に戻ることにした。
夕方現場に戻ると、作業が中断していた。
どうしたのかと思い、代理人に事情を聞くと、
「いやーさっき市川君が怪我した場所を掘ったら、妙な物が出てきてしまって」
と言って指をさした。
指さされた場所を見ると、古びた壺のような物があった。
「何なの?」と代理人に聞くと、「骨なんすよ、骨壺ですね」
俺ははっとして、「他には何も出てない?」と聞いた。
工事現場で致命的な事は、その場所から遺跡が出てしまう事なのだ。
代理人は「取りあえずあれだけですんで」
それを聞き俺は安心した。
骨壺の状態からかなり古そうであり、殺人などはないだろう。
不謹慎だけど工事現場では、出来るだけささいな事はもみ消す事になってしまう。
遺跡や事件にかかわると、どうしても工事日程がくるってしまう。それは関係者としては避けたいのである。
現場責任者を呼び相談した結果、骨壺を少し移動して埋葬する事になった。
掘削場所から10m程離した場所に穴を掘り、骨壺をきれいにしてから埋葬した。当然線香やお花もそえて。
それから工事はトントン拍子で進み、1階部分が完成した。
しかし、1階部分が完成してから、この現場では妙な事が起こり始めた。
ある場所に限り事故が多発しだしてきた。
死亡事故にまでは発展しないが、指の切断、脚立からの転落による骨折、転倒した弾みで鉄筋に肩をぶつけて貫通、落下物による頭部裂傷、一歩間違えば……
1ヶ月の間にその手の事故が11件も起きてしまい、関係者の間で「あの骨のせいなのだろうか」と言う話が出始めた。
俺もその可能性はあるのだろうなと思わざるえなかった。
会議で、現場の休日に御祓いをしてもらうことになった。
御祓いの当日、外部から見えないようにブルーシートでその場所をぐるりと囲み、御祓いは行われた。
これで事故が無くなってくれればいいのだが。
事故は減った。でも無くなる事はなかった。
どうしてこの場所だけ起こるのか?この施設が完成したらどうなるのか?
完成すると、ここは風呂場になる。老人の転倒、洒落にならん。
そんな事を考えつつ数日が過ぎたある日、市川君から会社に電話があった。
俺に話があるらしい。嫌な予感。
病院の現場事務所で待ち合わせる事にして、市川君を待っていると、時間通りに来てくれた。
結構深刻そうな顔をしている。
「どうした?」と俺は市川君の顔を見ながら聞いてみた。
すると市川君は、「あの事故からヘンなんですよ」と言って話しはじめた。
「事故の直後は、こんな夢は見なかったんですが、ここんとこ毎晩同じ夢なんですよ」
おお何か面白そうだ。俺はそう思い続きを聞いた。
「夢で、あのお爺さんが出て来るんですよ。それが、工事途中のあの現場に居るんです」
居るかもな。そう考えながらも話を聞いてると、とんでもない事を言いだした。
「現場であのお爺さんが、松木さんの背中にしがみついてるんですよ」
それを聞いて、俺は思わず叫んでしまった。
「何で俺なの?ねえ何でよ」
たじろぎながら市川君は、「いや、俺にもまったく分からないんですよ」。
そりゃそうだ。原因がわかれば、俺の所にも来ないだろうしな。
だからといって、そんな事言われても困る……
「どうしても松木さんの事が気になって、今日訪ねて見たんですけどね」
それから市川君は、現場で線香をあげたいからつき合ってもらたいと、俺に頼んできた。
そんな話をされた後に断れるほど俺は強くはない。
今から向かえば、6時過ぎには現場には行けるだろうから、すぐ向かう事にした。
現場に向かう車の中で、市川君が見たと言う爺さんの話を聞いてみた。
「なあ。市川君が見たっていう爺さんなんだけどさ、どんな感じの人なの?」
すると市川君は、夢で何度も見ている事から、詳細に話してくれた。
髪の形、年齢層、着ている物、冷や汗ものだった。俺が最初に話をした爺さんだ……
現場に着くまでの間、他の話で紛らわせる事にした。
そして現場に着き、市川君は埋葬場所に向かった。
俺のほうはどうしても気になり、外装の完成した風呂場に向かった。
骨壺を移動した事がいけなかったのかな。そう思いながら風呂場を見渡した。
しばらくすると、外から市川君の声がした。
「松木さん終わりました。帰りましょう」
それを聞いて俺は、「おー」と返事をして、外に向かおうとした。
その時、突然足が動かなくなった。
どう説明していいのか、こんな感じは初めてだった。
簡単に言うと、プチ金縛り状態……動かん。
しだいに腰まで重くなってきて、とうとうその場に倒れ込んでしまい、焦りながら何度も立ち上がろうとした。
腰のほうに目を向けても何も見えない。
すると、カタンと音がした。
音のするほうを見ると、立てかけてあったスライダー(多段ばしご)が、俺の背中に向かって倒れてきた。
直撃はしたものの、背中だったためたいしたダメージはなかった。
スライダーの倒れる音に気が付いて市川君が来てくれた。
「大丈夫ですかっ」と言いながら、市川君は俺を助け起こしてくれた。
ただおかしかったのが市川君で、俺を助け起こした後に、『どうしたんですか』とは聞かずに、「松木さんも線香あげたほうがいいですよ」と言ってきた。
気にはなったが、市川君の言う通りに俺も線香をあげることにした。
線香をあげたあと、俺と市川君は現場を後にすることにした。
その帰りの車中で、市川君がいきなり俺に謝り始めた。
「すいません。俺のせいで怪我させて」
「気にしないでいいよ」と俺は笑いながら市川君に言った。
すると市川君は、「さっき本当は、松木さんの背中にお爺さんが乗ってたんです」
それを聞いたとき俺は、思わず急ブレーキをかけてしまった。
ビビった。近くのコンビニに車を止めて、俺は市川君に聞いてみた。
「俺と爺さんは何か関係あるの?」
すると市川君は、
「自分でもわからないんです。ただ松木さんは、あの現場には近寄らないほうがいいような気がします」
そう言われて俺は素直に、完成するまで建物内に入る事はしなかった。
……老人ホームは完成した。
大きな現場ではなかったが、それでも事故の件数は俺が担当したなかでは一番多かった。
29件の内、28件が風呂場だった。
余談だけど、骨壺の件は現場関係者しか知らない。
もう誰も、あの場所に骨壺が埋まっている事など知らない……
(了)