俺は中学生の時、剣道部に所属していた。
2007/01/09(火) 20:58:40 ID:Fbx1TomL0
その剣道部の顧問がけっこう強烈な人で、部員には「真剣で相手を斬り殺すつもりでいけ」って口癖みたいに言ってた。
だから、当時の俺もけっこう影響受けて、『試合で相手を斬り殺す』みたいなこと言ってた時期があった。
そんな話をじいちゃんにしたとき、じいちゃんが俺に話してくれたこと。
じいちゃんが太平洋戦争で南方に行って、二、三年して終戦が近い頃になると、それまでとは違った若い兵隊が南方に来るようになったそうだ。
その中にミズカミさんっていう兵隊がいた。
ミズカミさんは、じいちゃん達がいた陣地の守備にあたる部隊にに配置されて、陣地の近くにいる時間が長かったぶん、じいちゃんと親しくなった。
もっとも、じいちゃん曰く、
「じいちゃんが南にいってしばらくした頃には、連合軍の反撃でどんどん撤退してたんだ。だから、部隊の全部が守備隊みたいなもんで、出撃とかはほとんどなかったな」
らしいので、ミズカミさんとじいちゃんが仲良くなったのは、他に理由があったのかもしれない。
ミズカミさんは実家から持ってきた本物の日本刀を持ってた。
将校や指揮官が飾りで軍刀を持ってたりするのとは違って、ミズカミさんは人を斬るつもりでその日本刀を持っていた。
刀も太刀じゃなく、小太刀ほどでないにしても少し小振りな刀で、片手でも十分に振るえるものだった。
ミズカミさんは兵学校での剣術の成績が抜群によくて、特別に持つことを許されてたらしい。
でも、白兵戦なんてめったに無く、銃剣でさえ着装しないのに、日本刀を使う機会なんてまず考えられなかった。
じいちゃんがそのことを仲良くなったミズカミさんに聞くと、ミズカミさんは、自分の剣術が父親から教えられたものだと言った。
それも、精神鍛錬や身体訓練が前提ではない、戦場で相手を殺傷するための技術として、ミズカミさんはそれを習ったという。
「ミズカミの家は、大名のとこで剣術を教える家系で、徳川さんが終わって天皇陛下の時代になった途端、失業したんだな。もうあの頃は、明治維新や西郷さんの西南戦争から五十年以上たってて、刀で戦争をするなんて昔話さ。だけど、ミズカミの周りはそうじゃなかったんだな」
ってじいちゃんは言ってた。
ミズカミさんは自分の剣術を『ゴシキナイ』って呼んでたらしい。
ミズカミさんは、自分が父親から習ったゴシキナイを実際に使って、敵兵を斬ることを心底望んでいるようだった。
でも、その機会はなかなか来なかった。
基本的に撤退が中心の作戦だし、敵の飛行機から機銃掃射されてたんじゃ、刀で戦う機会なんてあるわけなかった。
そんな中、陣地からそう離れていない場所に米軍の飛行機が落ちた。
じいちゃん達のいる陣地に散々機銃掃射をした帰りの墜落だった。
陣地では死人や重傷者が何人も出て、じいちゃんは手当で忙しくてそれどころじゃなかったみたいだけど、陣地から何人かが墜落場所の確認に行った。
飛行機は運良く森の中の池に墜落していて、米兵が一人失神した状態で見つかった。
陣地に連れてこられた米兵は、三十歳くらいの大柄な男だった。
自分の置かれた状況がすぐにわかったらしく、顔は青ざめたままだった。
「その時初めて白人を間近でみたけどな、肌が白くても、やっぱり青ざめるっていうのはあるんだな。飛行機に乗って、顔もわからない人間を撃ち殺しているうちは、何とも思わなくても、自分がその死体の前に立てば、どれだけ酷いことをしたのかわかるもんだ」
ってじいちゃんは言った。
米兵は捕虜になることはなく、陣地で処刑されることになった。
その時、声をあげたのがミズカミさんだった。
「こいつは仲間を撃ち殺した罪人だ。銃殺ではなく斬首にすべきだ」って。
仲間がたくさん殺され、殺した相手が自分たちの目の前にいる状況では、反対する者はいなかった。
むしろ、それが当然なんだっていう雰囲気だったそうだ。
今まで何度も陣地に機銃掃射を浴びせた沢山の敵軍機に対する怒りが、その米兵一人にそそがれてるような形になった。
指揮官の命令で、陣地の中心にじいちゃんを含めた全員が集まり、その中で米兵の処刑が行われることになった。
五人で暴れる米兵を押さえつけ、ミズカミさんがあの刀を使って斬首することになった。
ミズカミさんは冷静だった。
興奮するでもなく、刀を振るって練習するでもなく、鞘におさめた刀を持って米兵の前に立った。
じいちゃんは、
「首が斬られるとこなんて見たくなかったよ。でもミズカミのな、その姿を見たら、何でだろうな……目が離せなくなったよ」って。
指揮官が合図を出すと、ミズカミさんが刀を抜き、米兵の首に振り下ろした。
米兵のもの凄い叫び声が上がった。首は落ちなかった。
「暴れたから、首じゃなくて頭に刃が当たって、頭の肉がそげ落ちるようになった」
ミズカミさんがもう一度刀を振り下ろすと、今度は刃先が頭蓋骨に潜り込んで、米兵がもっと凄い叫び声を上げた。
ミズカミさんは、頭蓋骨にひっかかった刃先をこじるようにして外すと、もう一度刀を振りかぶった。
その時、米兵が押さえつけていた五人をはねのけて、両手を縛られた状態でよたよたと走り出した。
英語で何か言ってるみたいだけど、それが言葉なのかもわからないような、ろれつがまわらない状態で、叫びながら走った。
ミズカミさんはそれを追いかけてゆき、米兵の正面に回り込んで立つと、
「刀を脇にためて、一気に突き出して、米兵の胸に突き立てた」
米兵は血を吐き出し、痙攣しながらあおむけに倒れた。
ミズカミさんは胸から刀を抜くと、米兵の頭を踏みながら刀を横にはらってノドを斬った。
誰も声をあげられなかった。
ミズカミさんだけが何もなかったように、動かなくなった米兵から離れると指揮官に一礼し、その場を離れた。
じいちゃんは、怪我人の手当が一段落してからミズカミさんと話をした。
ミズカミさんは、
「自分が今まで積み重ねてきたことが、やっと現実につながりました。一度で首を切り落とせなかったことは、父が自分に話したとおりです。人間を斬り殺すことは簡単ではありませんが、積み重ねた鍛錬がそれを可能にするのです。鍛錬した技の中からギリギリであの技を絞り出し、自分は成し遂げたんです」
と話をした。
じいちゃんは、
「ミズカミは『すごいことをした』って満足そうに話をするんだ。だけど、やったことは、怯えた人間を斬り殺しただけなんだよ。ミズカミがそれまでじいちゃんに話していたのは、人と斬り合ったり、戦う相手を斬り倒す剣術だったのにな……ミズカミが何を『成し遂げた』のかは聞けなかったな」
じいちゃんはここまで俺に話してから、
「昔の話だけど、人をな、『斬り殺す』ってことはな、ここまでのことなんだ」
って言った。
じいちゃんは多分、俺が『相手を斬り殺す』みたいなことを言ってるのをたしなめたかったんだろうし、止めさせたかったんだと思うけど、そういうことは言わなかった。
ミズカミさんがそれからどうなったのか聞いてみたい気もしたけど、なんか聞かないほうがいい気がして、その時は聞かなかったよ。
(了)