第29話:長い髪
母と二人で観劇に出かけた、ある日曜日の話です。
満員だった帰りの地下鉄の車内で、私と母は開かない側のドアの横に立って話をしていました。
私がドア側に立ち、車内に向く格好で母と向かい合ったのを覚えています。
手摺を持ち、面白くもつまらなくもなかった劇の感想を……
というか批評を母と言い合っていた私はふと、母のニ、三人右隣の色黒い女の子が私のことをジットリと見つめていることに気付きました。
チリチリの短髪で、私と同じ年位に見えたその女の子は、どこか普通の人間とは違っていました。
その女の子は異常に細かったんです……
腕を見ると、彼女の手首周りは私の手首周りの半分程しかありませんでしたから。
細いのは腕だけじゃなく、足がちょうど私の腕位の太さで、目の周りが窪んで、目玉が飛び出したような顔をしていました。
細い腕に関節だけが異様にボコッと飛び出している、『骨皮筋子』さん……
それは、明らかに人間の細さではありませんでした。
でも幽霊にしては現代的な、派手なオレンジのミニスカートに、手には普通の紙袋を持っているという、変にリアルな格好でした。
そして、私だけをジッと見ているのです。
しばらく気付かないフリをしていた私も、少し気味が悪くなって彼女と目線を合わせることにしました。
普通なら目線が合ってしまうと大概逸らすものなのですが、ところが彼女は私と目を合わせたまま一向に逸らそうとしません。
そこで今度は、私は愛想笑いをしてみたのです。
すると、彼女は急いで私から目を逸らしました。
今から思うと、あの目は『羨ましさ』だったように思います。
やっと目線から開放された私は、小声で母に彼女のことを教えました。
あれほど異常に細い人を見られる機会なんて、そうないと思ったので……
「あの子、栄養失調じゃない?」
ところが母は「えぇ?どの子?」の一点張り
いくら彼女の位置、背格好、服装などを説明しても彼女を見つけられません。
そうこうしているうちに私達の降りる駅に着いてしまいました。
ところが、どうやら彼女も同じ駅で降りる様子。
ドア前の人混みに消えた彼女を探しながら私は_
あれほど派手なオレンジのミニスカートを穿いているんだから、降りてもすぐに見つけられるだろう
_なんて思っていました。
そしてドアが開き、一番最後尾だった私達が降り終わったとき、私は驚いたのです……
駅を見渡しても、オレンジのスカートを穿いた人なんて一人もいません。
私は車内を振り返りましたが、二度と彼女を見ることはできませんでした。
結構、私はこういった体験の多い人間でした。
「でした」といったのは、今はもう体験しないからです。
私の考えでは、当時髪が異常に長かったことが、ああいった体験の原因になっていたんだと思います。
昔から『髪は霊的なアンテナになりやすい』といわれていますから……
貴方も、霊的な体験を是非してみたいというなら、髪を伸ばすことをおすすめします……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]