うちは田舎の農家で、庭を囲むように母屋、倉、そして便所が建っている。
その庭の隅には、三十センチほどの丸い石が一つ置かれていて、毎年正月には餅を供える習わしがあった。父はその石を《ウヅガア》さんと呼んでいた。
小さい頃、俺はその石を秘密基地にしようと思って触れたことがある。だが、軽トラを掃除していた母がすっ飛んできて、思い切り殴られた。どうやら絶対に触れてはいけないものらしい。
その《ウヅガア》さんにまつわる話だ。
それは三が日が過ぎたあとの夜中のこと。庭の方から猫のような「ぎゃあぎゃあ」という鳴き声が聞こえた。俺と兄は同じ部屋で寝ていたが、顔を見合わせた。「猫の季節じゃないのに」と違和感を覚えた。
「餅かな?」
「餅じゃないだろ」
供えた餅は、翌朝には動物に食べられた痕が残っていることが多かった。だから、猫が餅を巡って喧嘩しているのかと思い、俺たちは気にしないことにして布団の中で馬鹿話をしていた。
だが、その鳴き声はどんどん大きくなり、まるで窓のすぐ外にいるかのようだった。とうとう兄が立ち上がった。
「うるせえな。一緒に行くぞ、マサヤ」
「一人で行けばいいじゃん」
「こういう時は一人で行かないもんなんだよ」
仕方なく俺も懐中電灯を手に、兄と一緒に庭へ出た。パジャマの上にコートを羽織り、ニット帽をかぶっていたのを覚えている。冬の夜の冷たさが骨まで染みた。
兄が先を行き、《ウヅガア》さんのところへ近づいた時、兄が急に叫んだ。
「あ、やっぱ猫じゃ……うおっ?!」
そこにいたのは猫なんかじゃなかった。
《ウヅガア》さんにぴったり張り付いて、裸の子供が「ぎゃあぎゃあ」と泣き叫んでいたのだ。
俺と兄は一目散に逃げた。玄関に飛び込むと鍵をかけ、先を争って二階へ駆け上がった。そしてドアを閉め、肩を叩き合いながら叫んだ。
「何だよあれ?!何なんだよあれ?!」
「知らねえよ!!」
震えながらその夜は兄のベッドに潜り込み、朝までハードロックをかけ続けた。曲と曲の合間に、窓の外から「ぎゃあぎゃあ」という声が聞こえた気がした。
翌朝、俺たちは寝不足のまま食堂へ駆け下り、母親に喚き散らした。
「母ちゃん!お化け見た!ウヅガアさんのとこで!」
母親の顔色が変わった。「見たの?」と強張った表情で尋ねる。
俺が「おかっぱで裸の……」と説明しかけると、母は声を荒げて「言うな!」と遮り、平手打ちを喰らわせた。そして、「父ちゃんのところに行け!」と怒鳴った。
兄と俺は泣きながら父の寝ている部屋に駆け込み、一部始終を話した。父はじっと聞いていたが、最後にこう聞いた。
「カズオ、お前、ウヅガアさんの前で喋ったか?」
「……喋った……」
「マサヤは?」
「喋ってない……」
すると父は兄だけを連れて部屋を出た。俺は不安で仕方なく、死んだ校長先生に必死で祈った(他に頼れる故人が思いつかなかった)。
父が戻ってきた時、兄は母の車に乗せられて出かけて行った。俺は父に言われるがまま川に行き、年の数だけ丸い石を拾い、振り向かず黙って帰宅した。その石は家の中の様々な場所に置かれ、最後は《ウヅガア》さんの前で一つを踏みつけさせられた。
それで俺の役目は終わったが、兄はその後、本家である「カミのイッドーさん」の家にしばらく預けられた。帰ってきた兄はげっそり痩せ、二度と《ウヅガア》さんを見ようとしなくなった。
正月に餅を供えるたびに「ぎゃあぎゃあ」という声はたまに聞こえたが、その度に俺は父の部屋に避難し、兄は正月を本家で過ごすことになった。
――それから何年も経った今、俺はまた「カミのイッドーさん」のところへ行く羽目になっている。理由は簡単だ。酔っ払って《ウヅガア》さんを蹴っ飛ばしたからだ。
***
今回、本家で聞いた話をまとめると――
《ウヅガア》さんは「ウジガミ」さん、つまり屋敷神だが、非常に祟りやすい存在らしい。そして、「ぎゃあぎゃあ」と《ウヅガア》さんは別物で、本家ではそれを「ワロ」や「シロゴ」と呼んでいるという。
かつて本家では、子供を「シロ」(依代)として儀式に使ったとか。シロゴは使い捨てで、儀式が終わると石で殴り殺され、別の子供が「サイ」として里子に出される。嘘のような話だが、背筋が凍るほどリアルだった。
結局、俺たちが見た「ぎゃあぎゃあ」が何なのかは分からない。だが、もし石に張り付く裸のおかっぱの子供を見たら、決して声を出さず、他言しないことをお勧めする。
――明日、眼科に行ってきます。
[出典:985 本当にあった怖い名無し 2006/06/17(土) 00:01:49 ID:m98Vn9eW0]