ゲーム雑誌の編集部で働いていた頃の話だ。
毎日ゲームに没頭していたので、当時は振り返る余裕もなかったが、会社が倒産して時間が経ち、今ではもう差し障りもないだろうと思い立ち、少し書き残してみることにした。これは、仕事の一環として体験した、ゲームにまつわる奇妙なエピソードだ。
当時、編集部では定期的にゲームの裏技をまとめた本を発行していた。その中には最新のソフトだけでなく、懐かしいファミコンやメガドライブ、さらに滅亡したハードのマイナーなゲームの裏技まで網羅されていた。その裏技に関して、読者からの問い合わせには新人編集が電話で答える決まりだった。どんなソフトでも収録されている限り対応する必要がある。
ある日、読者からの問い合わせが一本かかってきた。話題のゲームはセガサターンの「百物語」。収録された101話目の怪談がどうしても再生できないという内容だった。こちらとしても曖昧な記憶ながら、それは全100話をクリアすることで解放されるおまけだと説明したのだが、相手は「初期出荷分だけなのでは?」と疑念を示す。最終的に、こちらで実際に確認することになった。
翌日の16時までに裏技を検証する必要があり、編集部では急遽「百物語」をプレイして調査する体制を整えた。幸いにもその日は校了日で、深夜まで編集部は賑やかだった。新人編集や制作部のメンバーが交代でゲームを進め、イヤホンをつけて怪談を聞きながらプレイを進めた。中には話の内容に興味を持つ者もいたが、大半はただひたすらボタンを押し続ける作業だった。
時間が深夜に差し掛かり、自分が担当していた作業が一段落した頃、70話ほどが進んでいた。しかし疲れからか、プレイを続ける人は次第に減り、ついには自分ひとりで操作することに。怪談の語りは稲川氏によるものだったが、体力の限界に近づき、内容をほとんど理解できないまま進めていた。
そして、とうとう異変が起きた。話が終わるたびに表示される「ろうそくが消える画面」が出るはずだったが、代わりに現れたのは、顔の下半分が歪んだ老婆のアップだった。画面は痙攣するように揺れ、老婆の口も不気味に歪む。イヤホンからは稲川氏の声が「……ジーッと見ているんですよ……」と繰り返されるだけ。その声に雑音が混じり始め、セガサターン本体がガリガリとディスクを読み込む音を立てる。次第に恐怖が募り、電源を切ろうと手を伸ばした瞬間、声が途切れ、代わりに効果音が狂ったように再生された。クラクションや雨音、笑い声が混じり合い、画面の老婆はさらに激しく歪んだ。
恐怖に耐えきれず電源を叩き切った。その瞬間、耳元で「遅ぇよ」という男の声が聞こえた気がした。慌てて同僚を叩き起こし、続きを頼むも、数分後には彼も「データが飛んでる」と戻ってきた。セーブデータを確認すると、ソフト名の欄には「ヒャクモノガタリ」ではなく「ギギギギギギギギ」と意味不明な文字列が並んでいた。
データを削除し、バックアップを用いて再び100話クリアを目指すよう頼み込んだ。同僚はしぶしぶ応じ、最終的には裏技の検証に成功した。読者の問題は、初期データの不具合か、こちらのミスだったようだ。
この「百物語」にまつわるエピソードには他にも色々な噂があったらしい。開発時には録音トラブルが絶えなかったとも聞く。ゲーム業界や出版業界には不思議な話がつきものだが、昼夜逆転の生活や人の疲労感、無機質な機械が集まる環境が、何かを呼び寄せるのかもしれない。
以上が、あの夜に起きた奇妙な体験だ。