第9話:くびなし地蔵
単なる偶然や事故のように見えても、実は何かの呪いによるものだった、ということがあります。
たとえば、私の古い友人から聞いた話もそうです。
近畿地方の、ある私鉄沿線での出来事でした。
その路線は今ではもう高架になっているんですが、当時は、踏切がいくつも残っていたのです。
これはそんな踏切にまつわる奇怪な話のひとつです……
その踏切には、寄り添うようにお地蔵さんがまつられておりました。
石地蔵で、大きさは大人の腰ほどの高さ、かなり古いものです。
かなり磨り減っており、ヒビ割れもあちこちに走ってます。
しかも、このお地蔵さんには首が無いのです。
老朽化で砕けてしまったのか、それとも心無い者の悪戯か……
ともあれこのお地蔵様を周りの人間は”くびなし地蔵”と呼んでいました。
いつ頃から首がないのかは分かりませんが、ずいぶん以前のことでしょう。
一説によると、その踏切で事故が多発し始めた頃と、お地蔵さんの首がなくなった頃とが一致するということです。
そう、この踏切は非常に事故が多いのです。
しかも奇妙なことに、毎年その踏切での事故で亡くなる人の数が決まっているのです。
四人……毎年必ず四人がこの踏切で亡くなっているのです。
さて、ある日のこと。
当時中学生の彼は隣町の友人の家へ遊びに行こうとしていました。
自転車に乗って行きます途中、私鉄の線路を越えなければならず、しかも最短距離をとろうとすると、どうしても通り過ぎるのが問題のあの踏切なのです。
だが彼は何のためらいもなく、その踏切へとペダルを漕いで行きました。
秋に近い季節でしたが、まだ日差しも強く、長距離を自転車で走る気にはなれなかったのです。
だから近道しようとしたのです。
それに彼は”くびなし地蔵”にまつわる噂を信じてはおりませんでした。
”くびなし地蔵”と四人の死者……
その二つを結び付けて考えてはいなかったのです。
首のないお地蔵様も確かに気持ちが悪いんですが、単にそれだけのものだし、毎年四人が死亡するということも、単なる偶然ではないか……
そもそも踏切など警報器に従って渡れば安全なんだから、と思っていたのです。
やがて前方に踏切が見えてきました。
警報器は沈黙しています。
彼は走ってきたそのままの勢いで踏切に突っ込んだのです。
ほんの一瞬で走り抜けてしまえるほどの速度です。
いや、ほんの一瞬で走り抜けてしまうはずだったのです。
しかし、そうはならなかったのです……
ガッ!!
という物凄い衝撃と共に、彼は踏切の真ん中で止まってしまいました。
何かにぶつかったと思ったそうです。
まるで壁に衝突したみたいな衝撃が走りました。
だが、踏切の真ん中です。
障害物など何にもあるはずがありません。
彼は何が起こったのかと回りを見回そうとして、血の気が引く思いがしました。
止まってしまったのは自転車だけではなかったのです。
乗っている彼自身も全く動くことができないのです。
しかも何より奇怪なのは、自転車が倒れないということです。
彼の両足はペダルの上に乗っています。しかも漕いではおりません。
自転車も、乗っている彼も完全に停止しているのですが自転車は倒れないのです。
何が起きたのか、彼には理解できませんでした。
半袖の腕や首筋に日差しが暑い……
遠くで蝉の声も聞こえてきます。
何の変哲もない夏の終わりの昼下がりです。
ただ自分と、そして自転車だけが異常なのです。
指一本動かせません。
自転車も前後の車輪だけで停止しています。
混乱しました。
その混乱はやがて恐怖に変わっていきました……
カンカンカンカンカンカンカンカン
彼の前後で踏切の両側に取り付けられた警報器が鳴り始めたのです。
電車が来る!
その時になって初めて全身から血の気が引きました。
自転車の車輪を伝わってハンドルを握る手と、サドルに置いたお尻に振動が伝わってくるのです。
彼の自転車はレールの上で停止しています。
電車がやってくるのに……動けないのに……
彼は唯一自由な目玉だけをキョロキョロと動かし、何とか周りに助けを求めようとしました。
周りの民家から顔を出す者はおりません。
手と尻を伝わる振動はどんどん強く大きくなってきます。
「誰か……誰かいないか……」
その時です。
彷徨っていた彼の視線が、線路の脇にある石のお地蔵さんを捉えました。
そして彼は驚きました。
くびなし地蔵に首がある!!!!
無いはずの首が地蔵さんの肩の上にあるのです!
踏切に対して横を向いて置かれた地蔵さんが、彼を横目で睨んでいたのです!
「くびなし地蔵に首がある!!!!」
そう思った瞬間彼は自由になりました。
自転車が彼を乗せたまま、止まった時と同じく、いきなり走り出したのです。
列車が物凄い音を立てて彼の後ろを走り抜けたのは、まさにその瞬間でした。
彼はそのまま逃げるように、地蔵さんの前を走り抜けました。
ところで、この話には続きがあります。
友達の家にたどり着いた彼は、たった今の体験を話しました。
多発する事故の正体はこれだったんだと……
そして、「でも俺は死ななかったぞ」と言いました。
そんな彼に友達はこう言ったのです。
「だってよぉ、お前、五人目だったからだよ……」
そうです。
その踏切では既に四人が事故死していたのです……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]