下りだけの道、志那羽岩子。作品共通タイトル画像。

怪談 n+2026 オリジナル作品

下りだけの道|第五章 待っていた場所 iwa+

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翌九日、姉が帰ってきたとき、僕は食卓で橋の絵を直していた。霧生山とは関係のない町の観光冊子で、川沿いの遊歩道から見る古い橋だった。先月撮った写真には工事用の足場が写っていて、依頼主からは完成後の姿にしてほしいと言われていた。工事の資料を横に置き、欄干の影を描き足した。姉はコートを椅子の背へかけ、画面を一度見てから「きのうの石積みは」と聞いた。僕はあとでやる、と答えた。姉は、今日は休みを取ったんじゃなかったの、と言った。

家の食卓に置かれたパソコンの橋の絵と、工事中の橋の参考写真。椅子にコートが掛かっている。
挿絵:AI生成による架空の場面

休日と仕事の区別を説明しようとしたが、姉はそれを聞きたかったわけではなかった。買ってきた惣菜のパックを冷蔵庫へ入れ、手を洗いながら、右の道で何が見えたのかと聞いた。黄色いものが動いた、と僕は答えた。人だったのかと聞かれて、わからないと言った。姉が水を止めたあと、蛇口から落ちた一滴が金属の底を強く打った。僕はその音にまぎれるように、見間違いかもしれないと付け足した。

 「見間違いだったかどうかは、いま決めなくていいでしょ」。姉は手を拭き、僕の向かいに座った。怒った顔ではなかった。仕事の説明を聞いて、どこから聞き直せばいいのか考えているときの顔だった。僕は見間違いと決めたわけじゃないと言ったが、姉はうなずかなかった。「きのう、直人もお母さんのことを考えたんだよね」。僕は鉛筆を置いた。橋の欄干の一本だけ、他より濃くなっていた。

 母に似ていたと思うことと、母がいたと思うことは別だと、僕は長く話した。二十一年もたっていること、あの日と同じ木が残っているかさえわからないこと、七重さんの話でも人が見えた理由は説明されていないこと。姉は途中で口を挟まなかった。話し終わってから、私が全部一緒にしてるように聞こえる、と言った。僕はそういう意味ではないと答えた。姉は僕が置いた鉛筆を見ていた。僕はまだ、姉に何が見えたのか聞いていなかった。

 姉は鞄から、小さな紙袋を取り出した。店でプリントした昔の家族写真が入っていた。頼まれてもいないのに焼いたの、と言いながら、父と僕の分を二枚ずつ食卓へ置いた。僕が子どもの頃、運動会の帰りに家の前で撮ったものだった。母は片手に靴を持っていて、父の肩の辺りを見ていた。姉はその写真を選んだ理由を話さなかった。僕は写真を傷つけないよう橋の資料の上へ乗せたが、姉はもう一度、食卓の何もないところへ動かした。

 「お母さん、どこに立ってた」。姉は急に聞いた。昨日の黄色の話だと思い、右の木の奥、と答えかけた。「あのとき。私が先に行ったあと」。僕の口の中に残っていたコーヒーが、冷たく感じられた。石積みのそばだった、と答えた。姉は左と右のどちらか、座っていたのか立っていたのかを順に聞いた。そんなに細かくは覚えていない、と僕は言った。姉は覚えていないところはいいから、覚えているところを教えて、と言った。

 姉が確かめたかったのは、母の言葉だった。先に樺平へ行っていて、すぐ追いつく。そのときの母が、どちらを向き、何をしていたのか。姉はそれを何年かおきに僕へ聞いていた。僕はいつも似た答えをしていたので、もう確かめ終わった話のように扱っていた。「水筒を片づけてたとか、そういうことも覚えてない?」。姉の前で、小さな朱色の水筒が食卓に置かれたような気がした。色も蓋の形も覚えていた。それなのに、姉が聞く順番では思い出せなかった。

 「十歳だったんだよ」と、僕は言った。姉はしばらく黙り、それから「知ってる。私、いたから」と答えた。そのひと言で、僕が自分の年齢をどんなふうに使ったかがわかった。姉は十六歳だった。母から言われた通り先に歩き、途中で弟を待ち、樺平で母を待っていた。そのことを姉が繰り返すたび、僕はもう知っていると思っていた。姉の側から聞き直したことはなかった。

 あそこでずっと待っていたら、と姉は言った。樺平から探しに戻らず、母に見つけてもらうまで腰を下ろしていたら、違っていたかもしれない。僕は違わないと言った。言い切った自分の声に驚いたが、引っ込めることもできなかった。姉はどうしてわかるの、と聞いた。捜索はずっと続いたから、と僕は答えた。探す人が大勢いたのだから、姉が少し動いたことだけで母がいなくなったわけではない。姉は僕を見ていた。僕はその先を言わなかった。

 父が帰ってきたので、会話は終わった。父は僕らの顔を見てから、仕事用の鞄を廊下へ戻し、手を洗いに行った。姉は惣菜を皿へ移した。コロッケが一つ崩れ、姉はそれを自分の皿へ乗せた。僕が代わろうとすると、どれでも同じ、と言った。夕飯のあいだ父は、店のシャッターが重くなったという知り合いの話をした。僕は直しに行くのかと聞き、父は見てみないとわからないと答えた。姉は黙っていたが、ご飯はおかわりした。

 洗い物を終えた姉は、写真店の新しい見本帳を鞄へ戻していた。表紙の色を選んでほしいと言われ、僕は青い方を指した。姉は、店長は茶色がいいと言うんだ、と見本を重ねた。話はそれだけだった。翌月に入る若い従業員へ教える順番も決めなければならないらしく、姉の手帳には山と関係のない日付がいくつも埋まっていた。見本帳の角をそろえて、姉は鞄を閉じた。

 十日の午前、僕は自分の部屋がある街へ戻った。霧生山の図は途中のままにした。仕事の資料を取りに戻る必要があったのは本当だったが、姉ともう一晩、食卓を挟むのが嫌だったことも否定できない。列車の窓へ日が差すたび、鞄の中の写真の端が曲がっていないか確かめた。駅を出てから、姉に着いたと送った。「了解。父さんに言っとく」とすぐに返事が来た。いつもの短い連絡だった。

 夕方、姉から画像が六枚届いた。山の同好会が作った古い冊子の複写だった。父の箱で別の封筒に分かれていたものを見つけたという。表紙には一九六九年の文字があり、本文の筆跡は途中で変わっていた。七重さんたちの記録よりも、さらに十八年古かった。姉はスマートフォンで紙を撮ったあと、読みにくい二枚だけを店の機械で取り込み直していた。「逆に読んでたのかと思ったけど、出発と到着、これで合ってるよね」とあった。僕は画面を拡大し、分岐から樺平へ、樺平から分岐へという別々の行程を確かめた。

 どちらも下りと書いている。七重さんたちと違う人が、違う年に、似たことを書いていた。前後にある休憩の記述を含めて読んでも、その二つの文は変わらなかった。片方には、滑らかに剥けた幹と、右側に残った枝の付け根が描かれていた。もう片方の短い文章も、右手に突き出した枝へ触れたと読めた。同じ木かどうかはわからないし、一冊を作る際に誰かが先の文章を読んだ可能性もあった。僕は姉へそう送ってから、「行先を逆に読んだわけではなさそう」と加えた。姉からは「うん。そこだけでも確かめたかった」と返ってきた。

 その夜、橋の絵を仕上げて送った。欄干の濃かった一本は、隣と同じ太さになった。続いて石積みの絵を開いたが、姉に渡すための線を引けなかった。僕が昨日話した母の姿を、絵にすればどこへ置くことになるのか。それを決めないまま顔だけ描こうとしていた。画面を閉じる直前、姉から「写真、父さんは玄関に置いた」と届いた。僕はもらった一枚を本棚の端へ立て、倒れないよう薄い本を後ろへ差した。写っている母は、父のほうを見ていた。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・資料・捜索記録は創作であり、実在の登山道案内や安全指針ではありません。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。

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