十月八日の朝、姉は玄関で僕の靴を見て、紐の先がほどけかけていると言った。山へ行くからというより、小学校へ送っていた頃の口調だった。僕が結び直しているあいだに、姉は車の助手席へ荷物を置いた。紺の上着に灰色の帽子、鈍い赤の小さなザック。後で何度も説明することになるその組合せを、この朝はずいぶん地味だと思った。姉は写真店の制服よりましでしょ、と僕が口にしていないことへ返事をしたように笑った。
佐井拓海は登山口で待っていた。姉より二歳上だと聞いていたが、姉を千紗さんと呼ぶせいか、僕には年下のようにも見えた。普段から登山道の保全作業に加わっている人で、挨拶のあと、今日は古い南回りには入らないことを確かめた。「石積みから北の道を通って樺平まで。図のためならそれで足りますか」。足ります、と僕が言う前に姉がうなずいた。資料で読んだことを歩いて確かめるという話が、三人で見るという約束に変わったのは、彼が来てくれたからだった。
下の杉林では、風が葉へ触れる音より、靴の底から小石が外れる音のほうがよく聞こえた。姉は僕の前を歩き、仕事で預かった家族写真の話をした。家族全員の目が開いている一枚を探すだけで、三十分かかることがあるらしい。「直人の描く人はいいね。全員、こっちを向かせられて」。僕は実際には横顔を描く仕事もあると答えた。姉はそんな話をしていないと言って、笑いながら道の端へ寄った。後ろから来た二人連れに道を譲るためだった。
旧西沢小屋の跡には、僕が記憶していた壁がなかった。石の基礎と、壁のあった場所に伸びた細い木だけが残っていた。橙色の帳面を開き、屋根の形を描きかけてから手を止めた。今あるものの記録に、二十一年前の建物を足すところだった。僕が消しゴムを探すと、佐井さんは「古い絵も別にあると面白いですね」と言った。僕は描きかけの線を消さず、端へ今日の日付を入れた。覚えている建物は、窓の数からして怪しかった。
石積みは、思っていたよりずっと低かった。膝ほどの高さに三段の石が重なり、右肩が一個分欠けている。上の平たい石には、雨で運ばれた杉の細い葉が引っかかっていた。左奥に杉と広葉樹が混じり、その間を北の通常道が緩く上っていた。右の脇道は二、三歩先から土の斜面へ折れ、低い枝の向こうに消えた。谷から上がる薄い霧が、ときどき石の背後を白くした。

僕は帳面の中央へ石を描いた。紙に収めてしまうと、三つに分かれる道のどれも同じ太さになった。鉛筆を寝かせ、右の線を細くしたが、それでも現地にあるためらいは描けなかった。そこには、道と呼べるだけの土の続きがあった。ただ、今も誰かに使われているのか、昔歩かれた窪みに雨が流れ込んでいるだけなのかは、入口から見てもわからなかった。石を足したり動かしたりせず、その形だけを二通りの角度から写した。
佐井さんに七百メートルのことを聞くと、彼は旧案内図のコピーを片手で押さえた。「この数字を僕は測ったことがありません。昔の人が通った区間と、今残っている区間も同じとは限らないです」。分岐と樺平は、略図ではどちらもおよそ千二百メートルとなっている。実際に同じ高さという意味ではないし、北の道には登り返しもある、と彼は続けた。僕の旅行冊子でも、見やすくするために道を短く曲げることがあった。七百という端数のない数字に、僕が勝手な精密さを与えていたのかもしれなかった。
姉が小さく息を吸ったのは、そのときだった。右を見ていた。僕も顔を向けたが、初めには濡れた枝と褐色の斜面しか見えなかった。少し奥で、くすんだ黄色が横へずれた。葉の重なりから一度離れて、また細い幹の後ろへ入ったように見えた。黄色いものの下にも上にも、人の体とわかる形はなかった。僕が見た範囲では、それは片手を広げるより小さい色のかたまりだった。
「誰かいる?」と姉が言った。問いかけた相手が僕なのか佐井さんなのか、奥にいるかもしれない人なのかは、声の高さからわからなかった。佐井さんは姉の立っている位置まで来て、しばらく同じ方向を見た。枝が動いたところしか見えない、と言った。姉は帽子のつばを持ち上げていた手を下ろし、「黄色い葉かな」と答えた。その言い方は、彼の答えを待つあいだに用意されたように早かった。
僕は母の雨具の色を知っていた。家で見た写真の色とも、昔の記憶の色とも、いま見た黄色は違っていたはずだ。それでも、母の雨具に似ていた、とここには書くしかない。二十一年のあいだ、黄色い上着を着た人を見かけるたびに母だと思ったわけではない。あの場所で姉の息を聞き、姉と同じ方角を見たという順番が、色へ別の意味をつけていた。僕が後に描いたスケッチでは、黄色のあった場所を塗らず、短い縦線だけを置いた。
姉は右足を半歩前へ出していたが、そこからは進まなかった。佐井さんが「今日はこっちです」と北の道を手で示すと、姉はもう一度だけ脇道を見た。それから、うん、と言って先に歩き始めた。僕が帳面を閉じるまで待ってくれたのは佐井さんだった。歩き出してから石積みを振り返った。さっき見えた色はなく、姉のザックの赤だけが、僕より少し高い道の上で上下していた。姉の顔を見ようとして、何度か目が合った。
樺平へ抜ける途中には、靴を上へ運ばなければ越えられないところが何度もあった。帳面には「北、上り返す」と書いた。自分の足で確認したという気持ちになったが、逆向きに歩いた記録が問題にしているのは南回りだった。通常道の勾配をいくら確かめても、古い二つのメモの食い違いは縮まらない。佐井さんは僕の書いた「北」を指し、「今日わかるところまでで」と言った。姉は休憩地の木の腰掛けに座って、僕の分のパンの袋も開けていた。
樺平は子どもの頃より狭かった。端の草の間に、浅い窪みが二つあった。僕がその片方を見ていると、姉は「どこで待ったか、覚えてる?」と聞いた。覚えている、と答えかけて、木の位置は変わったと思うと言い直した。姉はパンの袋を丁寧に畳み、自分はもっと向こうだった気がすると言った。それから写真店に戻れば午後のプリントを手伝えるかもしれないと、腕時計を見た。佐井さんが下山の支度を始め、僕ももう一度だけ周りを見て立ち上がった。
休憩中に見せた下描きへ、姉は七百メートルも入れるのかと聞いた。僕は、古い図を写したものだとわかる形にするつもりだと答えた。展示に添えるだけでも、線があれば歩けると思う人がいるかもしれない、と佐井さんが言った。姉はそれ以上頼まず、紙を僕へ返した。印刷すれば、鉛筆の迷った線も一本の道に見える。僕は欄外に「現状未確認」と書き足した。その字が石積みより大きくなったので、帰ってから描き直すことにした。
帰りは来た通常道を戻った。石積みのところで姉は立ち止まらず、僕も新しい絵を描かなかった。登山口まで来ると、姉は濡れた帽子のつばを指で挟んで、店に寄る前に髪を乾かしたいとぼやいた。その晩、父は僕の帳面を食卓で眺め、石の欠けた側を指でなぞった。姉は台所で湯を沸かしていた。僕は描かなかった黄色について話そうと思い、父がページをめくったので、そのまま次の絵の説明をした。
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・資料・捜索記録は創作であり、実在の登山道案内や安全指針ではありません。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。