短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

奇妙な手紙【ゆっくり朗読】2960

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2009年の暮れ、会社に一通の手紙がきた。

編集プロダクションに勤めている俺への、名指しの手紙だった。
中を読むと自分のエッセイを読んで添削して欲しい事、そして執筆指導をして欲しい事の二点が主な内容だった。

奥付(本の最後の出版社や発行者、編集者などの名前が載ってる部分)で名前でも見たんだろうかと思いながらも、初めての事態に少々不信感を抱きながら返信。

持ち込んでくれれば読むが、その後も個別に指導を続けるのは無理である事をしたためた。

その翌日、宅配便の担当者から宛先に該当する人がいないとの電話を受けた。

その言い回しに若干違和感を覚え、詳しく聞いてみると、その宛先は北関東にある刑務所だった。

同封されていた返信用封筒に記されていた住所をそのまま書いたのだが、意外な展開に戸惑い、差出人の名前で検索すると傷害事件で逮捕された男の名前だった。

収容された場所がそこであることは、ネットで調べた限り確かな様だったが、既に出所している人物だったため、誰かの嫌がらせの線をまず疑った。

改めて封筒を見てみると、二つの事に気がついた。

・封筒に書かれていた差出人の住所と、返信用封筒に書かれていたそれが違う場所である事。

・封筒と便箋に使われていたペンが別物である事(筆跡は見た限りでは同一の様)

二つ目の意図・意味は上手く推測できず、とりあえず誰かにからかわれたような気になり、よせばいいのに封筒の方の住所へ、改めて返信をする事にした。

正直怒りの気持ちもあったが、恐怖もあったため、そういう気持ちは表さず、形式通りのビジネスレター的な書き方にした。

その四、五日後返信が届いた。

封筒の裏を見ると前回と同じ住所。あの受刑者と同じ名前で届いた事に少々怯えつつ封を開き、次の文を見て血の気が引いた。

『○○○は、もう三年も家に戻っておらず捜索願を出しているのです。もし居場所をご存知ならお願いですから教えて頂けませんでしょうか』

ネットで見た限りでは、言い渡された刑期と確定判決の出た時期から考えて、出所は去年の夏辺りのはずだった。

特赦・恩赦・仮釈があったにしても三年前は早すぎる。

三年間服役していて家にいないのであれば、それを捜索願出す訳も無いし、もし仮に親が知らないうちに息子が服役してたにしても、その捜索願を受けた警察側で彼の現状は分かるはずだと思った。

同姓同名の別人なのか?それとも他の理由があるのか?

ここで終わらせたい気持ちと真相を知りたい気持ちに揺れて、俺は手紙に書かれていた電話番号にかけてみる事にした。

固定電話で市外局番を見る限り、送り元の住所と一致していたし、恐らく母親だと思われる書き手の文は、嘘には思えなかった。

聞きたい事は大きく三つ。

・息子さんは過去に傷害事件(実際は併合罪であったが詳細は省く)で服役していたのか

・もしそうなら出所はいつだったか、また三年より前の足跡は把握しているのか

・彼は文筆活動を志している人間だったのか

いきなり不躾な質問揃いだったが、こっちも片足突っ込んでるので知りたい気持ちが強かった。

予想通り年配の女性の声が聞こえ、そして質問をぶつけてみた。

○○○は大人しい子でそんな暴力沙汰なんて考えられません……

三年前と言いましたが……いなくなったのに気づいたのが三年前なんです。

ずっと家に篭りっきりの○○○が、部屋の前に運んだ食事に手をつけなくなり、そういうことは……時々はあったのですが……

それが続いて思い切って部屋を覗いてみたらいなくなってて……

学生時代の連絡網、全員に電話してみたんですけど、誰も知らないって……

頭のいい子ですから作文は好きでしたし成績も良かったので小説は……部屋の中を見なかったので分かりませんが……いなくなって……

やっと○○○のお友達から手紙が着たと思ってお返事しましたのに、暴力事件だなんて酷すぎます!

もちろん、こちらの経緯と、お聞きしにくい事ですが止むを得ずと言う旨は伝えたのだが、徐々に声が上ずってきていた。

非礼を詫び、私も真相が知りたいのですと食い下がり、手紙が本人の物であるかどうか見てもらう話をつけた。

その住所は都内だったため、その週の土曜に俺はすぐにそこを訪れた。

声のヒステリックさとはイメージの違う、意外と普通の四十後半ぐらいの女性がドアを開けてくれた。

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応接室に通され、そこで手紙を見せる。

「○○○の文字です……でも返信用封筒が刑務所の住所だなんて……私にも分かりません……でもあの子はおとなしい子ですからその人とは違うんです……」

その後続いた会話での彼女の弁を信じるのなら、○○○とは高校卒業後引きこもるようになり大人しく優しく、でも人を怖がって、彼女ですら部屋には入れたがらなかったという人らしかった。

二十後半の年齢は、ネットで調べた受刑者のものと一致していたが、それには触れられなかった。

「マスコミの方なら○○○の居場所を調べられるんじゃないんですか?お願いします。もう一度会わせて謝らせて下さい、お願いします」

急に目をむいてそう言いはじめた彼女に、自分には一般人ができる事しかできない事を前置きした上で分かった事があったら連絡致しますと伝えた。

「○○○さんの部屋、もしよろしければ見せて頂けませんでしょうか?」

恐る恐る聞いてみた。彼の記した別の文章があれば、自分で筆跡を照らし合わせる事もできるし何かしらのヒントがあるかもしれないと思ったからだ。

一瞬躊躇いの表情を浮かべはしたが、「はい……そうですね……でも○○○には内密にお願いします」

そういって彼女は二階へと俺を促した。

確か三部屋あった二階は、どの部屋もドアが閉められていて、廊下は薄暗かった。

一番奥の部屋へと通された。古い箪笥と押入れがあるだけの部屋だった。

何も無いじゃないか。引きこもりと聞いて想像していたPCや本で埋もれた部屋とはあまりに違い思わず尋ねた。

「ここが○○○さんのお部屋なんですか?」

「いえ……あの……こちらが……」

彼女が指差したのは押入れ。その時点で体が震え出したが、その後ふすまを開け声が出そうになった。

彼の部屋は押入れでもなかった。押入れの中には、宗派は分からないが恐らく仏教系の御札があちこちに貼ってあった。

血の気が引く思いで彼女の一歩後ろからそれを眺めていると、彼女が言った。

「この……天井裏が……○○○が好きだった部屋なんです」

彼女は、懐中電灯で押入れの天井を照らすと天板の1枚を押し上げた。

その板だけ、張り付いた御札が切れていた。

「どうぞ……」

覗く様に促される。俺は逃げ出したかった。でも、既に理解不能な状態と、展開に頭がついていけてなく、今思うと朦朧としたような形で押入れに入り、その天井の穴に顔を入れた。

人が住んでいたのだから当然なのだろうが、天井裏のスペースにも小窓がついていることに驚いた。

薄暗い……けど見える。

後ろで何かが動いた気配がした。慌てて振り返ったが、何もおらず彼女は押入れの外にいる。

霊感などは全く無い自分だから、恐怖から来る幻覚だったのだと思ったが、それでも震えは強くなった。

何かに押されるようにして完全に『部屋』に上がり、見渡してみた。

小学校の教科書、テディベア、外国製らしい女の子の人形、漫画が何シリーズか、その辺りが置かれていたのは覚えている。

机や椅子の類はなく、収納家具もなく、ただ床に物が置かれているだけ。

求めていた彼の直筆の物は無いようだった。

急な頭痛と吐き気があった。

とにかくここは何かおかしい、彼女も普通では無い。

正直、後ろから彼女が奇声をあげて襲ってくるのではないかと言う妄想すら頭を過ぎったし、『部屋』にいることに限界を感じた。

お礼を言って、天板を戻す時に手が滑り、板が斜めにハマった。それまで気づかなかった板の上側が目に入った。

木目ではなかったと思う。爪?彫刻刀にしては浅く線も歪んだ彫り……引っかき傷のようなものが見えた。

少量の嘔吐物が口まで上ってきて、それを無理やり飲み込んだ。

「今日はありがとうございました」

本来なら「何か分かりましたらお伝えします」と繋げるべき挨拶も、繋げる気がしなくなっていた。

一階も、今思えば応接間以外のドアは閉ざされていたし、その応接間も恐らく元々2部屋だったのものをリフォームで一部屋にしたような広さだったが、中央にアコーディオンカーテンが引かれていて半分は見えなかった。

その日は、そのまま帰り酒を煽って寝た。

何一つ解決していないし、気になる事もあの家にまだあるけど、もう行く気がしない。

……この事が今でも怖い。

彼女からは一月に一通だけ手紙が着た。

年始の挨拶ではなく、もう一度来て今後のお話をしませんかと言う内容と、○○○さんが中三の頃にイジメにあい、それでも元旦に親戚で集まった時に皆と話して元気になって卒業、進学できた事から一月は好きな月なのですというエピソードが添えられていた。

嘘ではあるが、転勤の可能性をほのめかして、今後余り力になれない事をお詫びする文面で返事を出し、それ以来は何も無い。

訪問した際に渡した名刺が非常に悔やまれるし、その辺で歩く時も必要以上に周囲を気にしてしまう。

名前を出す仕事をしてる人は、本当に気をつけて下さい。

(了)

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