短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

過酷な労働条件の会社【ゆっくり朗読】

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今から10年くらい前の、まだ俺が二十代中頃の話。

127 :(1/8):2011/08/07(日) 23:56:57.18 ID:IVBzUk7a0

夜中に(2~3時頃)電話がかかってきた。
強烈に眠かったが取り合えず電話に出てみると、友人のKからだった。
Kは簡単に夜中に電話した事を詫びると、『Sって覚えてる?』と聞いてきた。
Sとは、一年くらい前にKの会社にアルバイトで働き出した男だ。俺たちより少々年上だと聞いた。
心の病気を抱えているらしく、今までKが勤めている会社に入るまでに仕事を転々としていたらしい。
『実はSが電車に飛び込んで自殺した。
まだ生きてるんだけど、片手片足がちぎれて内臓も酷く損傷しているので、確実に死ぬらしい。
報せを聞いた社長以下数人の同僚と今病院にいる』
との事だった。
「それは大変だな」と言いつつも、Sの事はKから何度か聞かされた程度で面識は無い。
なぜわざわざこんな夜中に電話してきたんだ?と不思議に思っていると、Kが話し出した。
『Sには今まで随分キツく当たってきたから、あいつが死んだら俺の事を恨んで化けて出やしないかと恐ろしくて』

Sが入社して、暫くはKの下について仕事をしていたのだが、
やはり精神的に安定しないのか、しょっちゅうKに対して迷惑をかけてきたらしい。
そんな事がある度に俺に電話してきては、『あの基地外ぶっ殺してぇ』等と愚痴ってたりした。
そんなに酷いなら社長に言って辞めさせればいいじゃない?と言ったのだが、
Kの勤める会社はブラックとも思える過酷な労働条件の会社で、すぐ人が辞めてしまうので、
当人が辞めると言わない限りは、仕事さえそこそこ出来れば社長から解雇するつもりはないと言う事だった。
最近はそんな話も無かったのですっかりSの事は忘れていたのだか、当人達はそうでは無かったらしい。
もう助からないとはいえ、こんな時になんて不謹慎な…と思いつつも、
「今はまだ生きているのだから、回復を祈ってやればSも恨んだりしないと思うよ』と言うと、
Kはあっさり納得したようで、この日は電話を切った。

数日経ったある日。

Kから飯でも食おうと誘いがあったので行った。
あの電話があった日の朝、Sは亡くなったらしい。
Sの両親も来ていて、社長ほか社員に泣きながらお詫びと感謝を何度も言っていたらしい。
ファミレスで夕飯を食いながらSの自殺の詳しい状況を聞いた。
当日、帰宅する為、Kの会社の先輩とSはとある駅のホームで乗り換えの待ち合わせをしていた。
と、そこへ通過電車が入ってきたのだが、
突然Sが『ちょっとお先に』とでも言うように先輩に会釈をすると、スタスタとホームに近づき、
そのまま飛び込んだと言う事だった。
先輩はショックと自責の念により欠勤している為、二人分の仕事をKがこなす事になってしまい、
「初めは化けて出てこないでと思っていたが、今は出てきて仕事手伝えと言いたい」等と無茶苦茶言っていた。
散々死んだ人間の悪口を言ってすっきりしたのか、Kは「まだ仕事がある」と言って会社に帰って行った。

それから一ヶ月位経った頃。

Kから飲みの誘いがあった。
Sの自殺から「こっちが自殺したくなるくらい」の忙しさだったらしいが、何とか一段落したと言う事だった。
欠勤していた先輩はどうなったのか?と聞いたところ、
つい先日、退職する事になり、会社に挨拶に来たと言う。
本来ならば送別会などするべきなのだろうが、理由が理由だけに社長やKがどうしようかと悩んでいたところ、
その先輩から「最後に一杯どうでしょうか?」と提案があり、近所の居酒屋で簡単な送別会を行う事になった。
メンバーは社長とKと先輩。
(先輩からのリクエストでもあったが、この会社の正社員はKと先輩のみで他はパートやアルバイト。
リクエストが無くてもこのメンバーでやるつもりだった)
当然盛り上がるわけも無く、またそのつもりも無く、
時折社長が労をねぎらう言葉を発し、それに先輩が感謝を言うと言うだけの重苦しい雰囲気で会は進んだ。
望む望まぬに関わらずSの話題になった。
「しかし最近のS君は、初めと比べ随分明るくなったと思っていたが…突発的なモノなんだろうか?」
と社長が首を傾げた。
確かにKもこの点に関して若干の心当たりがあった。

Kの勤める会社は前述のとおり中々長続きしないため、
社長がアルバイトで入った人間に「頑張り次第では正社員に」などと、
何とか辞めさせないようにうまいこと言うらしいのだが、
実際は全然そんな気はなく、暇になったら何やかんやと理由をつけクビにしてしまうらしい。
珍しく一年以上忙しかったが、もうすぐ仕事が切れることを知っていたKは、
『おそらくSはクビだろう』と考え、
『どうせもうすぐ辞める人間だ、もう遠慮することはない』とばかりに、かなりきつくあたったり、
Sの肩に自分(K)の陰毛を乗せ、それを指摘して慌てるSを笑いものにしたり等、幼稚なイタズラをしていたらしい。
普段は全く無口で、仕事で必要な会話もできず、
そのせいで仕事が進まず、冷や汗をだらだら流す様子を誰かが気付きフォローしてあげたり、
かと思えば誰かのミス(もしくは被害妄想)により、自分が『被害者になった』と思った瞬間、
加害者に対して延々と小声で文句や悪口を言ったりするSだったが、
自殺する数日前から妙にテンションが高く、全然面白くないが冗談らしき事も言ったりしたらしい。

そんなSを見てKは、
自分の態度でSのキチガイ度がアップし、更にその勢いで自殺したのではないかと若干不安になったらしい。
(そのせいで化けて出るかもと思ったらしい)
「Sくんが自殺する直前なんですが…」
それまで返事や謝辞ばかりでまともに話さなかった先輩が話しだした。
「最近ずいぶん機嫌がいいみたいなんで聞いてみたんです。
そしたらSくんすごく嬉しそうに、『まさか自分がこんなに長く仕事を続けられるなんて』って言うんです。
『実は今日でちょうど丸一年なんです』って言うんです。
その時です、通過電車のアナウンスが流れてきて…」
俺は意味がわからず、Kに「どういうこと?」と聞いた。
実際、その話を聞いたKも社長も意味がよくわからなかったらしい。
その二人をみて先輩はこう続けた。

「俺もよくわかんないんですけど、ひょっとしたらすごく『幸せ』だったんじゃないかと。
今がとても『充実』してたんじゃないかと。
だからあの日、自殺したんじゃないかと…」
正直、心の病を抱えている人がどういう心理状態になるか、専門家でもない俺には何とも言えなかったが、
『幸せの絶頂』に『死にたい』と思うのはわからないでもない気がした。
社長は否定も肯定も出来ず、「いや、そんなことは…」などと口ごもってしまい、会はそのままお開きとなった。

残された人を考えずに自殺してしまった(かもしれない)S。
自分たちのせいで(Sをフォローすることで結果的に)Sが自殺した(かもしれない)事実を、
自分だけでは抱えきれず話してしまった先輩。
同僚から不満の声があったにもかかわらず、忙しいのを理由にSを雇い続けた社長。
そして、Sの自殺が自分のせいではない(かもしれない)事を喜ぶK。

あまりにも忙しいと人間は少しおかしくなると思った。

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