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年の瀬の長屋

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江戸の暮れも押し迫る夜、大川沿いの長屋に一人の男が現れた。

ぼろの蓑をまとい、濡れた草履を鳴らしながら、薄暗い路地を静かに歩む。その姿には、どこか人目を忍ぶような影が漂っていた。男の名は煙屋六兵衛。知らぬ者はいない凄腕の商人だったが、彼の裏の顔を知る者は少ない――陰陽師としての顔だ。

六兵衛は自分の部屋に入ると、まず障子を閉め、念入りに戸締りをした。次に、古びた巻物と筆を取り出し、小さな祭壇を設えた。呪文を口ずさむ声が闇夜に溶けるように響くと、狭い部屋の空気が重く震え、燭台の火が青白く揺らめいた。そして、祭壇の前に、まばゆい光をまとった女性の姿が現れた。

「未来の暦を持ってきておくれ。」

六兵衛の言葉に、現れたのは天女のような存在――彼女は無言で小さな暦帳を差し出した。その日付は、翌年のもので満たされていた。

六兵衛はじっくりと暦帳を読み始めた。市場の価格変動、災害の予兆、そして商売の機会が記された部分に目を光らせる。そして、春先に行われる稲荷大明神の祭りの賭け事について、勝ち馬が書かれているのを見つけると、彼の口元に薄い笑みが浮かんだ。

深夜、隣室の男が訪ねてきた。

「六兵衛さん、灯りが見えたもんで、どうかされましたか?」
「いや、ちょっとした用事だ。ところでな、来年の稲荷祭りの競り、勝つのは『白雲』だ。頭の片隅に置いておきな。」
気さくな言葉で隣人を送り返した後、六兵衛は再び暦帳に目を落とした。

しかし、最後の数ページに目をやったとき、彼の表情が硬直した。そこには、血のように赤い墨でこう記されていた。

「六兵衛、正月三日未明、雷に打たれ絶命。」

手が震え、暦帳を落とした六兵衛は、床にうずくまった。
「そんなこと、あるはずがない!未来なんぞ変えられるわ!」

だがその瞬間、屋根の上で激しい雷鳴が轟き、突如として火柱が立った。六兵衛はその場で息絶えた。翌朝、長屋は雷による火事で半焼したが、六兵衛の部屋だけが不自然に真っ黒に焼き焦げていたという。

祭壇にあったという暦帳は、その後どこを探しても見つからなかった……

後日談

江戸の暮れを彩るこの話は、大川沿いの長屋で語り継がれる不思議な噂だ。煙屋六兵衛という男の名は、今や語り草となり、長屋の人々は年の瀬に彼の話を持ち出しては肝を冷やすという。

「六兵衛の祭壇には、天女が現れる。」
「未来が書かれた暦帳があったらしい。」

誰もがその話を口にするが、肝心の暦帳を見た者は一人もいない。だが、いくつかの証言がある。火事の翌朝、焼け跡を調べていた奉行所の役人が「焦げた紙片を見つけた」とつぶやいたという。赤い墨のようなものが残っていたとか。しかし、証拠品は何故かその後行方不明になり、真相は闇の中だ。

長屋の住人たちは、それ以来、正月三日の未明になると奇妙な音を聞くと言う。雷鳴のような音が空から響き、六兵衛の部屋があった場所に青白い光が揺れるのだ。そこには今も誰も住まず、空き地になっているが、古い住人は決して近寄らない。

「六兵衛の霊が、暦帳を探しているんだろうか。」
そう呟く老人の声は、妙に震えている。

これがただの作り話であればいいのだが、六兵衛が「白雲」と名付けた馬が翌年の稲荷祭りで大穴を開けたこと、そして、その話を聞いて賭けに出た者たちが大金を手にした事実は記録に残っている。果たして、六兵衛の暦帳は本物だったのか?それとも、偶然が積み重なったただの奇跡だったのか?

いまだに、大川沿いの長屋では、この話を思い出すたび、年の瀬の静けさに息を呑む人々がいるという。

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