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蒼跳 r+2,441

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僕がまだ、汗の匂いを誤魔化す術すら知らなかった頃の話だ。

広島の奥まった山村に住んでいた。舗装もない赤土の道を駆け、川で泥を洗い流し、背丈ほどの茅に隠れて虫を追っていた。

その村にはね、変なものが多かったんだ。
真昼でも薄暗い雑木林の奥で、時折ヒトのような声がするとか。
田んぼに顔を出した稲の中に、指が混ざってたとか。
でも、僕が遭遇したのは、もっと地味で、もっと気味の悪い……蒼いバッタだった。

あれは小学三年の夏休み。
例の秘密基地を作った頃だ。山の中腹の岩陰、誰にも見つからないように竹とブルーシートで囲っただけの、貧相な隠れ家。けど僕には城だった。
基地の裏手に、小さな洞窟があるのに気づいた。入口は大人がしゃがんでも通れないほど狭くて、奥はまるで口を開けた獣の喉のように真っ黒だった。

探検心に火がついて、網と虫籠を持って潜ってみた。
暗さにビビって二メートルも入らないうちに、見つけたんだ――蒼いバッタを。
紛れもない、青。群青のようでも、夜光塗料のようでもなくて、ぬるっと冷たい深海の底の青さだった。

ざっと三十匹は捕まえたうちの、三、四匹がその色。興奮で震えた。
あのときの僕にとって、未知との遭遇はすべて宝物だった。

家に飛んで帰って母に見せた。けれど返ってきたのは、呆れ顔と冷たい言葉だった。
「バッタが蒼いなんて、誰かが悪戯したんでしょ。ペンキでも塗ったのよ」
そう言って、蒼いやつらだけ、庭に捨てられてしまった。他のは甘辛く煮られて食卓に並んだ。

あまりに悔しくて、もっと、もっと見つけて証明してやろうと誓った。
あの洞窟の奥に行けば、きっとまだいる――。

日曜の早朝。
親には何も言わず、こっそり家を出た。
米粒の偏りを気にしながら握ったおにぎり四つ。父の懐中電灯と、最大サイズの虫籠。それにバッタを誘き寄せるため、勝手に台所から持ち出した蜂蜜の瓶。
僕は当時、バッタが甘いもの好きだと思い込んでいた。

洞窟に入ると、すぐに地面の温度が変わった。
空気が湿ってる。夏の草むらの匂いとは違う。何か、濡れた鉄のような匂い。

懐中電灯を頼りに、奥へ奥へと進む。小石が靴の裏を鳴らすたびに鼓動が跳ねた。
十分くらい歩いただろうか、ふと足元が崩れた。

瞬間、視界が裏返って、耳鳴りが喚いた。
自分が地面から切り離されて、暗闇に飲まれていく感覚。
怖かった。声も出なかった。

次に目を開けた時、洞窟の外にいた。
夕暮れだった。西日が草むらの先を血のように染めていた。
そして、僕は――全裸だった。

服はもちろん、靴も、網も、虫籠も、蜂蜜も、おにぎりも、何もかもがなかった。
ただ、手にはあの虫取り網だけが残っていて、そこに何かが詰まっていた。

筍、だった。
六本。どれも形がよくて、土もついていなかった。

……訳がわからなかった。
僕は網を抱えて、泣きながら走った。人に見つからぬよう裏道を縫い、草むらに隠れ、息を殺しながら家まで戻った。

家では当然怒られた。
服を無くしたのは嘘をついてるからだと責められ、お小遣いもカットされた。

でも、筍は母が喜んでくれた。
季節外れなのにみずみずしくて、香りも強かったらしい。
筍ご飯、筍の煮物、筍の味噌汁……数日は筍尽くしの食卓だった。

けれど僕は、箸をつけられなかった。
何かが、どうしても喉を通らなかったんだ。

蒼いバッタも、あの洞窟も、それっきりだ。
もう近寄らなかったし、誰にも話してこなかった。
ただ、たまにテレビやネットで「突然変異の赤いバッタが見つかった」なんてニュースを見ると、背中に冷たいものが走る。

あの日――僕の代わりに「何か」が僕の格好を奪って、筍を渡してきた。
取引だったんだろうか?
僕の存在と、バッタと、蜂蜜と、……何を差し出し、何を受け取ったのか。

いまでも、筍の匂いを嗅ぐと、足元が崩れるような感覚が蘇る。
そしていつも、思う。

あの蒼い跳ねものたちは、何を食べて、何を吐き出していたんだろうって――。

[出典:149:名無しさん@おーぷん:2014/09/25(木)16:32:36ID:KiPLdlVna×]

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