蒼いものを見つけたのは、汗の匂いをごまかす術も知らなかった頃だ。
広島の山奥の村で育った。舗装もない赤土の道を走り回り、川で泥を落とし、背丈ほどの茅の陰に身を潜めて虫を追った。真昼でも薄暗い雑木林の奥から人の声がしたとか、田の稲の中に指が混じっていたとか、そんな話は日常の延長だった。
蒼いバッタは、それよりもずっと地味だった。
小学三年の夏、山の中腹に秘密基地を作った。岩陰に竹を立て、ブルーシートをかけただけの粗末な囲いだが、そこは城だった。裏手に、しゃがんでもやっと通れるほどの小さな穴があった。奥は獣の喉のように黒い。
網と虫籠を持って潜った。二メートルも入らないうちに、それは跳ねた。紛れもない青。群青とも違う。夜光塗料のような明るさもない。ぬるりと冷たい、底のない青だった。
三十匹ほど捕まえたうち、三、四匹がその色をしていた。震えるほど興奮した。未知はすべて宝物だった。
家に持ち帰ると、母は一瞥して言った。「誰かが塗ったのよ」。蒼い個体だけ庭に放り出し、残りは甘辛く煮られた。食卓に並んだ皿を見ても、味がわからなかった。
証明してやると決めた。あの奥に、まだいるはずだと。
日曜の早朝、誰にも言わず家を出た。偏った米粒のまま握ったおにぎり四つ。父の懐中電灯。大きな虫籠。蜂蜜の瓶。バッタは甘いものが好きだと、なぜか信じていた。
洞窟の入口をくぐると、空気が変わった。夏草の匂いではない。濡れた鉄のような匂い。懐中電灯の円が岩肌をなぞる。足音がやけに大きい。どれだけ進んだかは覚えていない。足元が崩れた瞬間だけは、はっきりしている。
視界が裏返り、音が遠のき、体が切り離される感覚。
目を開けたとき、洞窟の外にいた。夕暮れだった。草が赤く染まっていた。自分は全裸だった。服も靴も、虫籠も、蜂蜜も、おにぎりもない。虫取り網だけが手にあり、重かった。
網の中には筍が六本入っていた。土はついていない。水気もない。掘り上げたばかりのように張りがあった。
わけがわからず、網を抱えて走った。人目を避け、草むらに伏せ、息を殺しながら家に戻った。
怒られた。嘘をついていると決めつけられ、小遣いは減らされた。だが筍は喜ばれた。季節外れなのに香りが強いと言って、母は何度も鼻を近づけた。筍ご飯、煮物、味噌汁。数日、家は筍の匂いに満ちた。
自分は食べなかった。喉が拒んだ。
蒼いバッタはそれきりだ。洞窟にも近づかなかった。誰にも話さなかった。ただ、筍の匂いを嗅ぐと、足元が抜ける感覚が戻る。
あのとき、何かが入れ替わったのかもしれない。自分は洞窟の外に出されたのか、それとも戻されたのか。網に入っていた六本は、渡されたのか、持ち帰らされたのか。
筍は地中で芽を伸ばす。何を吸い、何を押し上げるのかは見えない。
あの蒼い跳ねものたちは、いまもどこかで、何かを食べている気がする。
[出典:149:名無しさん@おーぷん:2014/09/25(木)16:32:36ID:KiPLdlVna×]