これは俺が中学生の時の体験で、恐怖感はあまり無く、今でも思い出すと不思議な気持ちになります。
929 :本当にあった怖い名無し:05/01/14 15:21:38 ID:pKWjNzP9
中学二年の二学期に、急性盲腸炎で緊急入院しました。
定期テストの前だったのでよく覚えています。
明け方に腹痛を覚えて、そのまま救急車で運ばれ、即日入院で手術に備えました。
手術は翌日に決まり、痛み止めを服用して、その日は病室で横になっていました。
病室は6人用の大病室でしたが、入院患者は僕とその隣の人しかいませんでした。
夕方、仕事を終えた母が、着替えや身の回りのものを持って見舞いにやって来ました。
しばらく話をしていると、60歳くらいのお婆さんが病室に入ってきました。
隣の人のお見舞いのようでした。
母が「これから一週間ほどですがお世話になります」と挨拶すると、
向こうも「若いですからすぐに元気になりますよ。
こちらこそよろしく」と微笑んでくれ、
とても感じの良い人でした。
お婆さんは隣の人のベッドのカーテンの中に入り、1時間ほど話してから帰っていきました。
面会時間が終了して母も家に帰りました。
その夜、僕は翌日の手術のことを考えて少し興奮し、すぐに眠れませんでした。
すると、隣のカーテンの中から話し掛けられました。
「やぁ、この病室に入院してくる人は久しぶりだ。
ここ何ヶ月か1人だったから退屈だったよ。
どうして来たんだい?」
と聞かれました。
声の感じから、どうやらさきほどのお婆さんの旦那さんのようです。
優しい声でした。
「盲腸です。
今日の朝に急にお腹が痛くなってしまって……テストもあるんですけどね」
などと、僕は学校のことや部活のことなども話しました。
母が帰り心細かったので、話相手が欲しかったのもありますし、
相手のおじいさんの声が優しかったので、スラスラと話せました。
おじいさんは笑いながら話を聞いてくれて、
「若いというのは、それだけで素晴らしいね。
大病で無くて良かったね」と言ってくれました。
私は悪いかとは思いましたが、おじいさんにも入院理由を尋ねてみました。
「もう悪いところが多すぎて、何が悪いという訳でもないんだよ。
寿命と言うには早いが、私は満足しているんだ。
おそらくもう、退院は出来ないだろうけれどね」
と言いました。
内臓の病気を併発しているとのことで、確かに長く話しているとつらそうでした。
僕は急に悲しくなって、
「そんなことはない。
僕は先に退院するけれど、お見舞いにも来るし、いつか退院できますよ」と言いました。
自分が病気になってみて、どんなに心が弱るか少しだけ分かった気がしていたので、
元気づけられればと思ったからでした。
おじいさんは笑いながら、僕にお礼を言ってくれました。
そして次の日、僕は手術をしました。
全身麻酔だったので、その後の半日を眠ったまま過ごしていました。
目を覚ますともう夕方を過ぎており、ベッドの周りには母と父が待っていました。
あと1週間ほど入院して、経過が良好なら退院できると説明されました。
しかし気になったのは、隣のおじいさんのベッドが空いていたことでした。
病室移動かもしれないと思い、その時は退院する日に挨拶をしにいこうと思った程度でした。
経過は思ったより順調で、5日ほどで退院の日になりました。
僕が入院道具を整理していたら、あのお婆さんがやって来ました。
僕がおじいさんのことを聞こうと思いましたが、お婆さんが涙目なのに気がついて、すこし動揺しました。
するとお婆さんは、
「あの人が手紙を書いていたのよ。
渡すのが遅れてごめんなさいね」と、僕に手紙を渡してくれました。
そこには『最後の夜が1人でなくて良かった。ありがとう。元気に育ってください。』
そいうような内容が、乱れた字で書いてありました。
話を聞くと、おじいさんは僕が手術をしていた日の午前中に容態が急変して、そのままお亡くなりになっていたそうです。
僕は泣きながら、
「僕もあの夜は、おじいさんと話せて安心できました。
心細かったけれど、とても優しく話をしてくれた」
と、お婆さんに言いました。
するとお婆さんは、不思議そうな顔をして説明してくれました。
説明によると、おじいさんは喉の腫瘍を切り取る手術が上手くいかずに、声帯を傷つけてしまったために、
話すことはもちろん、声を出すことはほとんど出来なかったらしいのです。
最後の手紙は、恐らく亡くなる前日の夜に、自分なりに死期を悟って書いたのだろうとのことでした。
今でも、あの夜におじいさんと話したことを思い出します。
あれはなんだったのでしょうか。
不思議だけれど、あの優しい声は忘れないと思います。