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短編 r+ 意味がわかると怖い話

名前だけが残った家 rw+3,628-0109

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子供の頃、家から歩いて十五分ほどの川沿いに、誰も住んでいない古い家があった。

今思えば、あれを廃墟と呼ぶのは少し違う。崩れ落ちるほどではなく、屋根も壁も形を保っていた。ただ、人の気配だけが長いあいだ抜け落ちていた。板壁は日に焼けて灰色に褪せ、軒下には泥を固めたような黒い蜂の巣がいくつもぶら下がっていた。草は庭の境界を越えて伸び放題で、夜になると月明かりさえ吸い込むように、そこだけが不自然に暗く沈んで見えた。

田舎道には街灯がほとんどなく、聞こえるのは川のせせらぎと虫の声だけだった。その家の前を通るとき、足音だけがやけに大きく感じられて、自然と息を潜めてしまう。子供にとっては、そこを通るだけで冒険だった。

庭の隅には井戸があった。丸く積まれた石は苔に覆われ、縁の内側は昼間でも底が見えないほど暗かった。大人たちは揃って「危ないから近づくな」と言った。学校からも立ち入り禁止の紙が配られ、理由は倒壊の恐れと書かれていた。けれど、子供たちは皆わかっていた。本当は、あそこには何かあるから近づくなと言われているのだと。

噂はすぐに広まった。井戸から女の声が聞こえた、二階の窓に白い顔が浮かんでいた、夜中に中で足音がする。誰かが言い出し、別の誰かが尾ひれをつける。その繰り返しで話は膨らみ、怖さも増していった。聞くだけで行きたくなるくせに、実際に足を踏み入れようとすると体が言うことをきかない。井戸を覗いた瞬間、向こうから見返される気がして、膝が固まってしまうのだ。

それでも、探検好きの連中はいた。夜中に懐中電灯を持ち寄り、こっそり忍び込んだという話を翌日得意げに語る。そんな中で、いつの間にかその家には名前がついた。

「ロアニの家」

誰が最初に言い出したのかは覚えていない。ただ、その呼び方は妙に耳に残り、あっという間に学年中に広まった。由来を聞いても、誰もはっきり答えられない。「昔ロアニって人が住んでたんじゃないか」そんな適当な説明が繰り返されるだけだった。

意味よりも響きが先に立つ。小学生にとって、不可解な名前はそれだけで怖い。僕たちは家の前を通るたび、小声で「ロアニ」と囁き合い、確かめるように振り返った。そうしないと、何かに置いていかれる気がした。

ある日を境に、その家は忽然と消えた。重機が入り、板壁も屋根もあっという間に崩され、井戸の周りには規制線が張られた。土埃が舞い、数日後には更地になっていた。子供たちは一時騒いだが、すぐに別の遊びに夢中になった。僕も、胸に残るざらつきを持て余しながら、日常へ戻っていった。

数ヶ月後の夜、食卓で兄と向かい合っていたときのことだ。テレビの音に紛れて、兄がふと思い出したように言った。

「そういや、川沿いの家、取り壊されたらしいな」

「もうだいぶ前だよ」と答えると、兄は少し考え込んだあと、首を傾げた。

「あそこ、なんて呼ばれてたか知ってるか」

「ロアニの家」

その瞬間、兄の表情がわずかに歪んだ。笑いとも困惑ともつかない、引きつったような顔だった。

「お前ら、そう呼んでたんか。俺らは違う名前で聞いてた」

「違う?」

兄は声を落とし、周囲を気にするように言った。「クチアニの家、ってな」

家の一番奥の部屋の壁に、赤い字でそう書かれていたらしい。誰が、いつ書いたのかはわからない。それを見た上級生がそう呼び始め、中学生の間で広まっていたという。

ロアニとクチアニ。似ているのに、どこか噛み合わない響き。兄は冗談めかして「小学生で見つけたのが幸いだったんかもな」と笑ったが、その目は笑っていなかった。

その夜、夢を見た。井戸を覗き込んでいる。底は見えず、ただ黒い穴が続いている。やがて、下から濡れた音が近づいてきた。何かが這い上がってくる。水を含んだ髪が現れ、そのあとに口だけが現れた。目も鼻もない。裂けた口が井戸の縁まで迫り、音もなく形を作る。

クチアニ。

叫ぼうとして目が覚めた。汗で布団が重く、喉がひりついていた。夢だと言い聞かせても、同じ夢は何度も繰り返された。口だけの顔は、いつも同じ言葉を形作る。

耐えきれず、兄に話した。兄は黙って聞いたあと、短く言った。

「俺も、見た」

それ以上は何も言わなかった。ただ最後に、ぽつりと付け足した。

「家は壊して正解やったんやろな。でも、井戸は……埋められてへんはずや」

それ以来、川沿いの道は避けている。それでも、夜更けに布団の中で、耳の奥がざわつくことがある。ロアニとも、クチアニともつかない歪んだ音が、誰に呼ばれたわけでもなく、確かにそこに残っている気がしてならない。

[出典:338 : 本当にあった怖い名無し 投稿日:2012/02/01(水) 16:24:46.97 ID:vhJHbT8b0]

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