かつての夏の初め、愛知県でのテレビ生中継に参加した際、私に同行してくれた若い女性スタッフが、心温まる話をしてくれました。中継後、彼女は私を駅まで送ってくれ、その車内で彼女が語ったのは、亡くなった母を持つ高校生と中学生の姉妹の話でした。
「稲川さん、ちょっと聞いてください。これは私の知り合いの話なんですけど…」
彼女は緊張した面持ちで話し始めました。姉は家族のために、母親に代わって全ての家事を担い、毎朝早く起きてご飯を作り、父と妹の弁当を準備し、自分の弁当も作りました。
「お姉ちゃん、本当に頑張ってるんですよね。でも、さすがに疲れてしまって…」
ある朝、疲れから姉は寝坊してしまいました。目を覚ますと、台所から懐かしい音が聞こえてきました。
ザッザッザッザッ
コンコンコンコン
「あら？いけない、寝坊しちゃった…」
彼女は思いました。妹が代わりに朝食を作ってくれているのだろうと考えましたが、その音はなんとも懐かしいものでした。
プーンと香る朝の匂い。布団の中で目を覚ますと、母親が料理をしている時の香りがしたのです。
「あぁ、母さんが料理をしてる…」
姉は心温まる思いでしばらくベッドにいました。
でも、気になって起き出し、台所のドアを開けた時、そこには誰もいませんでした。
「あれ、おかしいな？」
すると、妹が現れ、「お姉ちゃんじゃなかったの？」と言いました。
「いや、私何もしてないよ」
妹も同じように懐かしい音と匂いを感じていたのです。
「私も布団の中で、お姉ちゃんが台所で頑張ってると思ってたんだけど…」
二人は、亡くなった母が彼女たちを見守ってくれていたのではないかと思いました。
車内でその話を聞かせた後、スタッフは私に静かに言いました。
「実は、その話の中の妹が私の母なんです。稲川さん、素敵な話でしょう？」
私は深く感動しました。霊が必ずしも怖いものではなく、時にはこんなにも心を温かくする存在であることを改めて感じた瞬間でした。
その若い女性スタッフが私に語った話は、私の心に深く残りました。彼女が自分の母の過去の体験を共有してくれたことにより、私たちの間には特別な絆が生まれたように感じました。
数週間後、私は彼女に再会する機会がありました。
その際、彼女はさらに話を続けてくれました。
「稲川さん、前に話した姉妹のこと、覚えていますか？」
彼女の声には明るさがあり、前回の緊張感はなくなっていました。
「もちろん覚えてるよ。どうしたの？」
「実は、その後も姉妹はお母さんの存在を感じてるんです。特にお姉ちゃんは、いつも母のように強く、妹思いで…」
彼女は故郷に帰省した際に、その姉妹に会い、彼女たちの近況を聞いてきたそうです。姉は依然として家族のために尽くし、妹も成長して、お姉ちゃんをサポートするようになっていました。
「あの日の出来事から、二人はお母さんが守ってくれていると確信しています。それが二人にとって大きな支えになってるんですよ」
彼女の目には優しさと感謝の光が宿っていました。私もこの話を聞いて、人が亡くなった後も、愛する人々の中で生き続けることの意味を再認識しました。霊が必ずしも怖いものではなく、愛する人の記憶として、また守護者として存在し続けることができるのです。
「それは素晴らしい話だね。彼女たちのお母さんは、今でも二人を見守っているんだろうね」
私たちはしばらくその話題について話し合い、その日の体験がどれほど特別であったかを共有しました。霊に関する話は、人々をつなぐ不思議な力を持っていることを、この出来事を通じて深く感じたのでした。
数ヶ月後、私はまたその女性スタッフと会う機会がありました。
彼女は新たな話を私に伝えました。今度の話は彼女自身の経験に基づいていました。
「稲川さん、実は私にも似たような体験があるんです」
彼女は少し躊躇しながら、自分の体験を話し始めました。彼女がまだ小さかった頃、彼女の家族は祖母を亡くしました。祖母は彼女にとって非常に親しい存在で、彼女の育成に大きな役割を果たしていました。
「祖母が亡くなった後、私はよく祖母の夢を見ました。夢の中で祖母はいつも私に何かを教えてくれていたんです」
彼女はその夢の中で、祖母が生前教えてくれた人生の教訓や、家族を大切にすることの重要性について語ってくれたと言いました。彼女はこれらの夢を通じて、祖母の愛と導きを感じていたそうです。
「それで、夢から目覚めるといつも心が温かくなるんです。祖母はまだ私のそばにいてくれているように感じるのです」
この話を聞いて、私は人が亡くなった後も、愛する人々の記憶の中で、また精神的な形で存在し続けることができると再び感じました。彼女の話は、霊に対する私の理解をさらに深めるものでした。
「祖母の愛は、今も変わらずにあなたを見守っているんだね」
私たちはそう話し合いながら、人間の精神が持つ不思議な力と、愛する人との絆が時とともにどのように変化し、成長するかについて深く考えました。これらの話は、生と死、愛と絆の永続性についての私の見方に大きな影響を与えたのでした。
（了）
稲川淳二名作怪談オマージュ作品
