短編 怪談

亡霊の予兆#803

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エミリーローズという今でも大好きな映画がある。

 

その映画の中で、《悪魔を見る寸前には予兆がある》というくだりがある。

「焦げ臭い匂い」

これは、映画を面白くするため、リアリティを出すために付け加えられた設定なんだろう、と当時は思っていたけど今は、少し信じている。

凍ったらワカサギ釣りをやるような、北海道にある有名な湖。

その周りにある、結構有名で接客がいいと評判のホテルの、ある一室で起きたことだ。

六年前の三月。

当時俺は中二で、父方の爺さんの何回忌かに、地元である北海道に俺と俺の父、母、父方の祖母、従弟の家族で集った。

特別な日だから、ホテルに一泊して美味しいものを食べたり、温泉に入ったりしよう、ということになった。

と、いうわけで俺ら一行が泊まったのが、上記のホテルであった。

部屋は俺ら家族+祖母と従弟家族で二つに分かれていた。

同じ六階で隣同士、結構広くて、全く同じ間取りの二部屋が割り当てられた。

とりあえず片方の、俺ら家族が泊まる部屋に全員が通され、女将さんの「温泉の時間がどうだ、湖がああだ……」という説明を聞いた。

そのときうっすらと覚えた感覚を、今でも忘れない。

なんだか異様に、暗いのだ。

電気もつけている。南の窓はかなり大きくて、日当たりも良い。

しかしどうにもこうにも陰気な部屋……

だが、生まれてこの方霊も宇宙人も信じたためしはない(怖いものは信じない)し、何よりも鈍感な俺(含め家族)であったから、さして気には掛からなかったのも本音である。

たとえば、「この湖で最近ね、事故があったんですよ……ワカサギ釣りでね……」

こんな大事な一言も、このときは大して気にも留めやしなかったのだ。

その日はただ美味い飯を食べ、温泉につかり、美味い飯を食べ、ゲーセンでゾンビを撃ち殺し、ゾンビに噛まれ、100円がなくなり……

やがて夜になった。

父と俺は従弟家族の部屋にいって、晩酌をし、ホタテの貝柱をむしゃむしゃ食べながらテレビを見た。

その時期恒例の生放送のオールスターナントカみたいな番組をやっていて、やたらとヌルヌル相撲が強い人を尊敬の眼差しで見たり、大御所の空気の読めない発言を薄ら笑いで流す若手芸人をみて切なくなったりしていた。

そのとき母と祖母は、あの暗い部屋で既に布団に入っていたと思う。

そして矢張りこのとき感じた妙な感覚も、俺は忘れないで居る。

何故、こちらの部屋はこんなに明るいのだろうか……

まあそれでもその時は、たとえば「嫌な予感がする……」だとか、そこまで切迫した感覚でも状況でもなかった。

ただ、なんでだろう……くらいのことだった。

しばらくして、俺と父は自分の部屋に帰った。

北海道の室内というのは、暖かい。それもそのはず、外はマイナス二度。

だがしかしそのときのそれはなんだか少し湿っぽい、妙な「暑くるしさ」だった。

母親の横に敷かれた布団に入る。

祖母はすでに寝ていて、父親はすぐに眠ってしまった。

母は寝ていなかった。

俺は抱き枕がないこの状況だしあまり寝付けないだろうな……なんてことを思い、しばらくもぞもぞしていた。

「臭い」

突然母が言った。

「なんで?別に臭くないよ」

「臭い。タバコ……?かな、臭い……・!何かこげてる!」

母が立ち上がった。

廊下からにおいが漏れている、と思ったからだろう、扉が開いてないか確認しにいった。

扉は開いていなかった。そして第一、臭いは何もしなかった。

なんか、変な感じがした。

というのも実は俺は軽ーい化学物質過敏症気味で、タバコ、香水、芳香剤、シャンプーの匂いの九割を「ウンコよりも臭い」と感じている。

だから今でも女性の髪のにおいで吐きそうになるから人の真後ろには立てないし、雑貨店は口呼吸で入るし、化粧品売り場は息を止めて通るし、美容院では洗濯ばさみで鼻をつまんでもらうことさえあった。

ちなみにそういう症状というか、性癖というのは母には全くない。

俺はバラの匂いが大嫌いなのに、バラの芳香剤を買ってきてかなり本気で怒ってしまったことがあるような、俺からすれば鈍感な人だ。

冷静に鑑みれば、そんな俺が「臭くない」というのに母が「臭い」なんてそんなわけは無いのだ。

ましてや、タバコの煙なぞ俺はかいだだけで咳き込んで、涙が出てくるほどだ。しかし断じて、何の臭いもしなかった。

それでもその時は俺は完全に楽観視していた。

面倒だからさっさと寝ようと思っていた。

しかしあまりにも母が臭い臭いといって、挙句の果てには非常用だかなんだかのでかい鉄の扉まで閉めてしまったときにはこれはなんだかヤバいんじゃないかと、さすがになんとかしてやろうと窓を開いてマイナス二度の空気を部屋に招きいれた。

よく考えれば、その状況も少しおかしい。

全く寒くなかった。

それほどあの部屋の空気は澱んでいたというか、じめっとしていた。

窓際からあらためてみる、月の光りでぼんやりと青黒い室内は、矢張り嫌に暗かった。

今思えば、俺も母も少しおかしかったように思う。

それでも怖い、という感覚は俺にはなかった。

もしや祖父がついていてくれたのかな、と今になってぼんやり思う。

あのとき母はどれだけ嫌な感じを、恐怖を覚えていたのかそれを考えるとゾッとする。

とにかく、俺と母は布団に戻った。

なんだか様子が心配で、少し近くに寄って行って眠ろうとしたのを覚えている。

そして少しウトウトしてきたな……そう、思ったときだった。

「ッ……!!!」

母が息を呑んで、俺の腕を思い切り強く掴んだ。

俺は驚いて母の顔をみると、渋い顔をして「いや……」とだけ言った。

俺は母の腕をがっしり掴み聞いた。

「どうしたの?どうしたの?」

やっぱなんかおかしいな、ユウレイかな、でもユウレイが出たとして反応が薄すぎないかなあ、というかむしろ寝言なんじゃねえかなあ……

なんて、そのときは妙に落ち着いた心境だった。

「なんでもない、大丈夫」

母はそういうばかりで、俺もそれを信じた。

その後はそのまま、母の腕をガッチリ握ったまま寝た。

それ以降は何ごともなかった。

……とここまでは、俺個人の視点からみた体験である。

ホテルも出て、北海道から埼玉へ帰ってきてしばらくしたあと。

母が少し顔を青くして話し始めた。

「マジなやつ見たかもしれない、あの時」

忘れかけた頃とはいえ、すぐに察しがついた。

母はあのときあの部屋で寝ていた時に「それ」を見ていた。

丁度うとうとし始めると「それ」が溺れていた。

三四歳の男の子が足と足の間でもがいていた。

水の中で聞こえるような甲高く苦しそうなうめき声。

「うぎぃぃ~~~~ぃぃいいいいいい~~~~」

腕で母の足の間を、なにかを掴もうと必死になっているのだろうかひたすらもがくのだという。

ぼんやりと影で見えるのだが、何故かはっきりとわかった、と母はいった。

そしてそれは、母が完全に目をさますと、消えてしまうのだという。

それを実は俺が来る前に一度、俺がいたときに一度、二回も体験していたというから、恐ろしい精神力だなと思う。

そして俺が腕を握ったあとは、それが無くなった、そういう話だった。

「何も言わずにごまかしたのはな、もしあの時言ったら、お前ねれなくなってただろ(笑)」

母は笑うが、それは今でも大いに感謝している。

確かに俺がそれをあの時聞いてたら、パニックになっていたと思う。

「それで、調べたんだよ、ネットで」

「あのとき女将さんが、ワカサギ釣りで事故があって人が死んだっていってたよな」

ゾッとした。

「まさか……」

一月に、三歳の男の子が、落ちて、溺れて死んでたって。ちゃんとニュースになってた。

193: 本当にあった怖い名無し:2011/08/20(土) 22:14:09.98 ID:7oYf09HB0

(了)

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