その日のうちに、沖野さんが古い室名表を探してきた。
問題の部屋は第二試聴室で、二階の調整室横に第一試聴室があった。第一のほうは録音したものを少人数で聞く部屋として使われ、現在も名称が残っていた。舞台下手の第二については、一九八九年三月の施設利用案内から記載が消えている。
室名表を持って廊下へ戻ると、宮坂さんが扉を開けた。幅は二メートルほど、奥行きはその倍に届かないくらいだった。ベージュの壁には小穴のある板が張られ、右側に木の椅子が一脚置かれている。椅子の背には白い布が掛かっていたが、宮坂さんが取り上げると、会館の雑巾だった。彼は畳み直して廊下の清掃用バケツへ戻した。
物置という説明から想像したほど物はなかった。昨年の工事で、使わない譜面台や行事の看板を処分したのだという。残った椅子は焦げ茶色の座面が少し沈み、前脚の一つにフェルトが貼られていた。正面の壁の左寄りに、アイボリーの小さなスピーカーがある。扉の内側に操作盤や押しボタンは見当たらなかった。
「ここから、どう返事をするんですか」
私が聞くと、宮坂さんは壁の低い位置を指した。かつて機材を取りつけていたらしいネジ穴があり、その下の配線口は丸い蓋で閉じられていた。
「昔はマイクがあったはずです。いまはありません。スピーカーが生きているかどうかも、施工図を見てからでないと分からない」
私は椅子へ座らず、入口の外から室内を見渡した。防音扉の厚さは、普通の会議室のものとは違った。閉めると廊下の音が小さくなるだろうとは思ったが、確かめるために閉めてほしいとは頼まなかった。井草さんが外で待っていることも、扉を閉じる理由がないことも、はっきりしていた。
資料三 室名表と旧利用案内の対照
一九八八年十一月の室名表「第二試聴室。館内音声の試聴および設備調整用。一般貸出しなし」
一九八九年三月の利用案内「舞台付属倉庫。一般貸出しなし」
二〇二四年改修前の現況図「倉庫2」
会議室で三枚を並べると、同じ場所を示していることはすぐに分かった。問題は、用途が変わった際に、音声設備がどこまで外されたかだった。改修工事で新しい配線を使った部分は記録がそろっていたが、既存設備の欄には「館内連絡系統、既設利用」とまとめられた項目があった。倉庫2のスピーカーがその系統に含まれるか、図面から直ちに判断することはできなかった。
沖野さんは、工事会社へ確認する間、旧試聴室を使わないと決めた。鍵を掛けるのではなく、入口に作業中の札を置き、担当者以外が入らないよう職員へ伝えた。扉を閉めたまま中に誰か残ることを避けたかったため、在室を確かめてから半開きにしておく。宮坂さんはスピーカーを外そうかと言ったが、沖野さんは接続先が分からないうちは触らないように頼んだ。
大げさに調べることになってしまったと、私は思っていた。届いた動画に字幕をつけるだけなら、録音が欠けている旨を書き、そこにいた人の言葉を補足すればよい。契約には旧室名も配線も入っていない。帰って別の三本を仕上げる時間を、私は携帯で計算した。その間、宮坂さんは半開きの扉の隙間から、室内を見ていた。椅子へ足を取られただけなら、どうして今もそこを見ているのだろう。私は沖野さんに、元の資料を見せてもらえますか、と頼んだ。
歴史映像の編集は、会館から依頼された地元の映像会社が担当していた。古い記録を片端から映した作品ではなく、出演団体の了解を取れた場面をつなぎ、その間に建物の紹介を挟んである。設備試験の四十三秒は、改修前の様子を示す資料として、最初から最後まで使われていた。
なぜその場面を選んだのか、沖野さんは担当者へ電話した。相手は、見出しに「試聴」と書かれていたので、市民が音楽を聴くための小部屋だと考えたという。古い会館にも音を楽しむ場所があった、という流れを作りたかった。映像に説明の声がなく、何も鳴っていないので、後からナレーションを入れるつもりだったが、再開館日程が迫り、いったん無音のままリハーサル用へ書き出した。
間を削らなかった理由は、別にあった。元の媒体を扱った人から、四十三秒の前後に継ぎ目があるので、途中を切らずにひとまとまりとして管理してほしいと言われていたのだという。編集担当者は、その管理上の注意を、上映でも守るべき長さだと受け取っていた。
「それでは、残す意味が変わってしまいますね」
沖野さんは相手を責める口調にならないよう、ゆっくり言った。電話を切ると、まだ確定していない映像を内覧に出した責任はこちらにもある、と私へ話した。沖野さんは受話器を戻しても、その上に手を置いたままだった。私は元の字幕指示を開き、四十三秒の行へ印をつけた。
元の資料を保管している箱は、会館二階の書庫にあった。磁気テープを収めた紙箱や、催し名を書いた封筒が、年代ごとに分かれている。デジタル化を終えたものには、灰色の丸いシールが貼ってあった。該当する箱は、そのシールの半分が剥がれ、下に古い鉛筆の文字が見えていた。
無音四三。
箱の蓋には、それとは別に、青いペンで「音響試験 八九・二・一八」とあった。私は二つの文字が同じ人のものかを尋ねたが、沖野さんも知らなかった。箱の中には録音のカセットと、映像テープを複製した際の記録、薄い紙を二つ折りにした試験票が入っていた。
試験票には、機材の番号と、作業した人の姓が並んでいた。神尾、伊原、宮坂。最後の名前だけが鉛筆で小さく書き足されている。宮坂さんは私の横からのぞき込み、それ、自分です、と言った。
「当時、十六でした。映像クラブで、催しの撮影を手伝っていたんです。設備の人ではなかった」
私は、三十六年前と今日の宮坂さんを頭の中で重ねた。彼がこの建物に慣れているのは、音響の仕事をしているからだけではなかった。
資料四 音声相互試験票の記載
一九八九年二月十八日
試験位置 第二試聴室、調整室
発声担当 伊原
操作担当 神尾
記録補助 宮坂
戻り音声 不安定
再試験 別素材使用
備考 終了後、室内を確認
備考の末尾に、丸印が一つあった。誰が確認したのか、何時に終えたのかを書く欄はなかった。裏面には横線だけが引かれ、上端に、何かを消しゴムで消した跡があった。光へ透かしても、元の言葉は読めなかった。
宮坂さんは紙を持たず、箱の縁へ手を置いていた。発声担当の伊原さんについて聞くと、朗読をする方だったと思う、と答えた。神尾さんは当時の設備会社の人で、何年か前まで点検の相談に来ていたという。神尾さんも伊原さんも、連絡先はまだ調べられるはずだという。沖野さんは会館の過去の出演者名簿と、設備会社への連絡先を、それぞれ確かめることにした。
書庫を出るとき、宮坂さんが私に、古い映像には自分の声が入っているかもしれないと言った。何と言ったのかは覚えていない。撮影を始めたばかりで、カメラの脇から話してよく注意されたのだという。
「当日のことは、何か覚えていますか」
「カメラを止めていいか、聞いたと思います」
彼は階段へ向かいかけた足を止めた。
「でも、誰に聞いたのかが、ちょっと」
階下から、沖野さんが私たちを呼んだ。返事をする前に、宮坂さんは手すりから身を乗り出し、踊り場の下にいる彼女の姿を確かめた。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。登場する人物、団体、場所、出来事、取材、録音、映像および資料は、すべて作品内の架空の設定です。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。