父に、姉も僕も下りた、と伝えた。父は、どっちが怪我をした、と聞いた。姉の足だと言うと、医者へ行くんだな、と確認した。行くと答えた。父は分かったと言い、それから黙った。電話が切れていないことは、息の音で分かった。
「ごめん」
「帰ってから聞く」
僕は何度も同じ言葉を使うつもりでいた。山で姉にしたことにも、佐井さんを振り切ったことにも、父を二度目の捜索で待たせたことにも、一つの言葉を当てようとしていた。父に止められて、黙って電話を持った。向こうで椅子を引く音がした。父は立ったのだと思う。
病院で待っているあいだ、靴の泥が床へ落ちた。拾おうとして屈むと、背中が痛かった。僕にも擦り傷がいくつかあり、体を調べてもらった。大きな怪我はなかった。姉はその夜、病院へ泊まることになった。診察をした人は、僕に道の話を尋ねなかった。姉がいつから飲食できていないのか、どの足へ体重をかけられるか、ということを確かめていた。
父は僕を見ると、頭から足まで目を動かした。すぐには近づいてこなかった。僕が一歩出ると、そこでようやく肩へ手を置いた。顔を見せろ、と言われたので顎を上げた。父は口の横についた泥を親指で拭い、その指をどうするか迷って、自分の上着で拭いた。
「姉ちゃんに、会わせてもらえるのか」
僕は受付の方を指した。父はうなずき、そちらへ行った。
翌十五日、僕は聞かれたことを紙へ書いた。姉の姿を最初に見た場所、隊員の人から離れたこと、白い倒木を少なくとも二度見たこと。そこへ橙色の帳面を添えた。濡れてくっついたページは無理に開かず、乾いてから確かめた。図には土がつき、右下の角が潰れていた。
ここに書いているのは、僕の手元にある控えであり、捜索機関がまとめた正式な報告書そのものではない。自分の行動を後からきれいにつなげてしまわないため、曖昧なところを曖昧なまま残した。
浅野直人、十月十五日の記述。
最初に見た千紗らしい人物までの距離は数歩と思った。実際の距離は不明。追った際、同行者の制止があった。引き返した方向が下りに見えた。何回向きを変えたか分からない。千紗本人に触れたあとは、途中で離れていない。黄色い雨具の人物の顔は見ていない。
佐井さんには、その文章を読んでもらった。姉に触れたあとは離れていないというところで、よかった、と言った。それから、良くないことまで消さないでほしい、と言った。僕が止められたのに入った箇所だった。消さないと答えた。僕が紙へどう書いても、彼が僕を見失った時間は短くならなかった。
姉が山のことを話したのは、病院を出てからだった。家のソファへ足を乗せ、僕の書いた控えを読んだ。黄色い雨具の人物、という箇所で手を止めた。
「私は、お母さんに見えたって書く」
「そう書いていいと思う」
「いいかどうか聞いてない」
僕は黙った。姉は紙を返し、自分の帳面を出した。途中で止めながら、山に入ってからのことを書いた。僕が読んでよいと言われたのは、あとで姉が選んだ数ページだけだった。
千紗、十月十八日記入。
あの人に追いついたとき、何を聞くか考えていた。なぜ帰らなかったのか。どこにいたのか。私が待てなかったからなのか。どれを先に聞けば怒らせないか。顔を見てから決めるつもりだった。
途中から、追いついても何も聞けない気がした。それでも近くまで行きたかった。
母を連れて帰る手順があると、姉が信じていたわけではなかった。姉も分からないことを抱えたまま、見える背中を追っていた。僕はそのページを読んでから、十月九日にした長い説明を思い出した。姉が知らない事実を伝えるふりをして、僕は知っている嘘を守っていた。
展示用の封筒に書いてあった、待っている人は立ち止まっていない、という一文についても聞いた。姉は七重さんたちの記録を読んだあとで書いたと言った。二人が相手を追っているなら、二人とも進み続けている。待っている人を探すのに、足を止めた人が一人もいない。そのことを言葉にしたかったらしい。
「自分で書いてたのにね」
姉は封筒を見て言った。僕は、分かっていても、とは言わなかった。姉は言い訳を頼んでいなかった。
七重さんが見舞いに来たとき、姉は自分の怪我より先に、路子さんにも申し訳ない、と言った。話したくないという人を、僕たちはもう一度呼び出そうとした。七重さんは、直接伝えなくていい、自分が必要だと思ったら知らせる、と答えた。姉はうなずき、それ以上頼まなかった。
僕は七重さんに、根の斜面を上がったことを話した。七重さんは長く僕の顔を見てから、登ったところがあってよかったね、と言った。自分もそうすれば早く戻れたと考える人だったらどうしよう、と僕はそのとき初めて心配した。七重さんは、帰り方を昔の自分へ届けることはできない、と言った。僕の知らないところで、もう何度もその作業をしていたのだろう。
十一月三日、姉の足が少し良くなってから、父へ話した。僕が母の言葉を作ったことを、父はまだ知らなかった。姉は先に言っておこうかとは尋ねなかった。僕が自分で言うまで、待った。
食卓の上に、二〇〇四年の父のメモと、僕の描いた母の絵を並べた。僕は山で姉にしたのと同じ説明をした。母が先に行けと言ったのではないこと。すぐ追いつくという言葉を聞いていないこと。最後に見た母は、南の道を下りる背中だったこと。話しているうちに、謝る言葉が先へ出そうになった。父は手を上げ、続けろと言った。
話し終えても、父は紙を見ていた。指の先が「とのこと」の四文字に置かれていた。僕の言葉として残された四文字だった。
「いつから、言わなきゃいけないと思ってた」
父が聞いた。子供の頃から、と答えた。大人になってからはもっと思っていた、と付け加えた。父は顔を上げた。
「今日まで、何回帰ってきた」
僕は答えられなかった。父は答えを数えさせたかったわけではないだろう。正月、盆、仕事のついで。母の話が出た日も、出なかった日もあった。そのたびに僕には部屋があり、茶碗があった。言える場所が一度もなかったような顔はできなかった。
「子供だったからって、俺がいま言えば、楽になるか」
僕は首を振った。楽になりたかったと思う。父にそう言われるところまでを、家へ帰る列車で想像していた。
姉は椅子の上で足の位置を変えた。痛むのかと父が聞き、少し、と答えた。父は話を止めて座布団を取りに行った。僕はそのあいだ、二枚の紙を見ていた。母の絵は笑っているように見えた。父のメモには、母が最後にどちらを向いていたかが書いていなかった。
戻ってきた父は、メモを破らなかった。僕へ渡して、今の話も一緒にしておけ、と言った。
「お母さんが何を見たかは、まだ分からないんだな」
「分からない」
父はうなずいた。許すとも許さないとも言わなかった。夕食を作るには遅くなっていたので、冷凍庫のうどんを出した。姉が三人分の器を指さし、父は一つずつ確かめて取った。僕も台所へ立とうとすると、先にその紙をしまって、と姉が言った。食べる場所を空けるためだった。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・資料・捜索記録は創作であり、実在の登山道案内や安全指針ではありません。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。